森の脱出戦②

 ゼルバの手助けをする事を決めたギヨウであったが、それ以前にわからないことだらけである。

 だが、それら全て置いておくとして、まず聞くべきことがあった。


「それで、どこに向かってるんだ?」


 現在、ギヨウ達は森の中を駆けている。

 先頭を走っているのはゼルバであり、ギヨウはその後に着いて行っているだけである。


「外の国――と言ってもわからないですよね」

「それは、まあ……」


 ギヨウは、ゼルバに別の世界から来たとは語ったわけではない。

 だが、ゼルバは既にそのような扱いを、ギヨウに対してしていた。この大陸の事情を、全く知らないものとして接しているのだ。

 それは、明らかにおかしい事ではあるのだが、ゼルバは最初から一貫して、そのことに対して、ギヨウに突っ込んできたりはしなかった。


「この大陸の名前は、ユガルア大陸と言います。そして、ユガルア大陸は七つの国に別れ、七つの国が支配しているのです」

「へぇ」


 ギヨウは気のない返事をする。正直に言えば興味がないのだ。

 ゼルバは、それを見越した上で、詳しい説明を省いて会話を続ける。


「外の国と言うのは、その七つの国の外にある全ての土地の事を指します」


 まさに名前の通りという事である。


「ユガルア大陸と、外の国が何故別れているのかと言えば、単純に人が住みやすいところまでを大陸としたからです。海はもちろん、山や森、湿地帯などがある場所を省いたわけです」

「つまり、この森みたいなところってわけだな」

「その通りです。我々は、盗賊に荒野で襲われ、馬と仲間を殺されてしまいました。森に逃げ込むしかなかったのです」


 言うまでもない事だが、荒野において、徒歩で馬から逃げ延びることは不可能な事だ。


「待て!」


 その時、ギヨウが叫ぶ。

 その声を聞いて、ゼルバとシルルは立ち止まる。


「なんだ急に!」


 ゼルバに注意され、今まで黙っていたシルルであったが、ここぞとばかりに大声をあげる。

 

(怒りっぽいとは思ったが、当然の反応ではあるよな)


 様子を見ていれば、シルルはゼルバの部下か何かなのは明白である。

 仲間が盗賊に殺され、主人と二人で賊から逃げているところに、極めて不審な者が現れれば、警戒するのも当然ではある。

 だが、もちろんギヨウは理由もなく二人を制止したわけではない。


「今、何かがそこにいたぞ」


 ギヨウが進行方向を指差す。


「貴様!適当な事を言って」

「待ってろ」


 シルルの怒りを無視し、ギヨウは自分が指差した場所へと悠然と歩いて行く。

  

「うおおおお!」


 その途中で、木陰から飛び出してきた賊が、ギヨウへと剣を振りかぶって襲い掛かってきた。


「ふん!」


 しかし、ギヨウはその剣が振り下ろされるよりも早く、その賊へと体当たりをする。

 賊は、あっけなく吹き飛ばされ、別の木に体を打ち付けると、当たり所が悪かったのか動かなくなった。

 賊がバランスを崩したというのもあるが、ギヨウのパワーが凄まじかったというのもある。


「くそっ!やるぞ!」


 どこからか声が響き、最初の賊より、少し後ろの辺りに隠れていた賊が3人出てくる。


「よく気が付きましたね」


 ギヨウの近くへと近づいてきたゼルバが、ギヨウを褒めた。

 そして、その時にはもう、シルルが敵へと突っ込み、戦い始めていた。


「女ごときがぁ!」


 一人目の賊とシルルが斬り結ぶが、次の瞬間にはその賊は血しぶきを撒き散らしながら倒れる。


「きさ――ガッ!」

「ギャッ!」


 更に、間髪入れずにシルルは、残りの二人の賊を斬り払ってしまう。

 

「なんだあの女。強いんだな」


 ギヨウの声は少しだけ震えていた。

 ゼルバは、それにすぐに気が付く。

 そして、その理由にも。


「人が死ぬのを見るのは初めてですか?」


 ゼルバの声は小さかった。少し離れた場所にいる、シルルに聞かせないための配慮である。


「ああ」


 隠しても仕方がないと思い、ギヨウは素直に認める。

 それは、当たり前の事である。

 確かにギヨウは、現代日本において変わり者であり、戦いを望んでいた。

 しかし、それでもただの高校生であることには変わりないし、人が死ぬところなど見たことがなかった。


(いや、俺自身が死んだのは見ているし、感触も覚えているか)


 よくよく考えると、そんな自虐的な考えも出てくる。

 ギヨウは、それくらいの余裕は取り戻しだしていた。


 ギヨウが動揺していたのはそれだけではない。

 賊は、明確にギヨウを殺すために攻撃してきたのだ。

 その覚悟はあるつもりだったし、実際に体は訓練して来たとおりに動いた。

 だが、その後動きを止め、シルルが敵を殺すのを大人しく見ていたのは、やはり初めて命のやり取りをしたことに対して、動揺していたからなのである。


「素晴らしい動きでしたよ」


 ゼルバは褒めながら、自分の持つ剣をギヨウに差し出してきた。

 その行為が意味するところを、ギヨウはすぐに理解する。


 ゼルバは、先ほどギヨウが気絶させた賊を殺すかと聞いているのだ。

 はっきりと口に出したわけではないが、ギヨウにはわかった。


「どうしますか?」

「やるさ」


 ギヨウは剣を手に取ると、気絶した賊の首へと――剣を――突き立てた。

 ギヨウが目を逸らすことはなかった。


「何をしている」


 ゼルバが何か言う前に、戻ってきたシルルがギヨウに話しかけた。問いかけたというよりは、話しかけただけである。

 シルルは返り血一つ浴びていなかった。


「トドメを刺していただけだ」


 ギヨウは平然と言い放つ。もう心は落ち着いていた。


「そうか」


 シルルは短く答える。


「その……」


 そして、少し言い淀みながら、


「貴様が賊に気付いていなければ危険だったかもしれん」


 それだけ言って、シルルはゼルバの方を向いた。

 不器用ながら感謝したようなものである。


「まだ近隣に伏兵がいるかもしれません。急ぎましょうゼルバ様」

「そうですね」

「返すよ」


 このままの流れだと返しそびれそうなので、ギヨウは剣をゼルバへと差し出す。


「良いです。貸しておきましょう。私は賊の剣を使いますので」


 ゼルバはそれをやんわりと押し返すと、ギヨウに鞘を渡し、代わりに賊の剣と鞘を拾い上げ装着する。


「なっ!ゼルバ様!?貴様!私だって使わせてもらったことないのに!」


 シルルが叫ぶ。


「知るかよ」


 そう言われてもギヨウは困ってしまう。

 だからと言って、ゼルバに返すわけにもいかない。


「さあ行きますよ」


 そんなシルルを無視して、ゼルバが号令をかけると、シルルは渋々と言う感じで引き下がった。

 そして、再び三人は走り出す。

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