森の脱出戦①
次に京が感じたのは、浮遊感、そして体が落下する感覚である。
空中なのは明らかであり、すぐさま体をよじって状況を確認しようとしたが、それよりも早く体は地面へと落下し、それなりの勢いで打ち付けられてしまう。
「いってぇ」
受け身を取ったとはいえ、それなりの高さから落ちたようで、体は痛みを訴える。
「動くな!」
京が起き上がるより速く、京の体の上から大声がかかる。
見上げると、鋭い刃が目に映る。
座り込んでいる今日の眼前に、剣が突き付けられているのである。
流石の京も、突然の事に冷や汗を流す。
「何者だ!貴様!」
更に、京に剣を突き付けている人物は続ける。
(女か……)
その声はやけに高かったし、見上げた先に見える姿は、鎧を着こんでいるものの、顔は整っており、黒い長い髪を垂らしており、すぐに女だという事はわかる。それも京とそう変わらない歳に見えた。
だからと言って、生殺与奪の権は相手にあることには明白であり、そこに男だ女だは関係ない。
ただ、京からしてみれば、組み合いにさえなれば押さえつけれるだろうという考えのみがあった。
「やめなさい。おびえてはいないようですが、困惑しているようです」
だが、更に後ろから声と共に男が現れた。
「しかしゼルバ様……」
注意されたようではあるが、女の方は、京に剣を突き付けるのをやめようとはしなかった。
「今、我々も困惑しているのです。あなたが何もない場所から落ちて来たように見えましたので、それに見慣れない恰好をしていますね」
そう言われて、すぐに京はじぶんの恰好が学生服のままだという事に気が付く。
素っ裸よりはマシなのだろうが、動くのに適した格好ではないことに京は残念に思う。
それに、つい先ほどの女神とのやり取りが夢でないのなら、何もない所から出現したのは間違いがないのだろう。
「いや、俺は……」
京はどう答えたものか困る。
(別の世界からやってきましたと言ったら、頭がおかしい奴扱いだろうな)
これは間違いないからである。
「……まあ、いいでしょう。付いてきなさい」
ゼルバと呼ばれた男の方は、そう言うと歩き出してしまう。
「え?連れて行くんですか?敵かもしれません。殺しましょう」
しかし、女の方は未だに警戒して、剣を突き付けたまま物騒な事を言う。
「見たところ武装はしていないようですし、あなたが見張っていれば大丈夫でしょう。シルル」
シルルと呼ばれた女は、不満そうながらも剣を引いた。
「立て。変な真似をしたら殺す」
「ああ」
京は、とりあえず言われるがままに立ち上がる。
そして、男の後を追う。
「急がなくてよろしいのですか?ゼルバ様」
「少し休憩です。話をしながら歩きましょう」
今更ながら京は周囲を確認した。
森の中である。
ただ、森といえば、京が過ごした裏山も森である。
靴は運動靴であり、歩くのに苦労はしなかった。
「あなた名前は何と言うのですか?」
話しながら歩こうと言った通りに、ゼルバが京に問う。
「暁京だ」
ゼルバは若い感じではあるものの、京よりは年上に見える。
しかし、礼儀をしらない京は、そんなことは気にする事もなかった。
「ふざけるな貴様!」
それに対して、シルルの方が怒る。
どうにも怒りやすい女だと京は思う。
「貴様は女なのか?違うだろう?それに地名はどうした!」
だが、怒った内容がよくわからず、どうにも話が通じない。名前におかしな点があったのだろうというのはわかるが。
「キョウと言いましたか?あなたがどこの出身かわかりませんが、こちらの国の男の名前には全員濁点が入っている物なのですよ」
「ゼルバ様。そんな真面目に対応なさらなくても……ふざけているだけですよ。きっと刺客です」
妙な風習ではあるが、つまり自分の名前は、女のような名前だという事なのは京にもわかった。
「まあ良いではないでか、シルル。そしてキョウ。名前の合間には、出身地も入るのです。例えば、私の名前は、リルボスト・シセナ・ゼルバと言います。シセナという地が出身地なのです。まあ、もう滅んだのですがね」
その場合、アカツキ・キョウだと余りにも不自然な名前になるという事になる。
「そうなのか。じゃあ俺は、アカツキ・シセナ・ギョウと名乗ればいいのか?」
「貴様!その名は、貴様が軽々しく口にしていいものではない!」
それを聞いて、シルルは烈火の如く怒り、反対にゼルバは少し呆けた後に、大声で笑い出した。
「ハハハハハッ!面白い男ですね。良いでしょう。ですが、それなら、ガヅギ・シセナ・ギヨウの方がいいですね」
「じゃあそうするよ」
元々、京と言う名前は女々しくて好きでは無かった。
ギヨウの方が強そうでいいし、生まれ変わったようなものなのだから、名前を変えるのもいいと京は考える。
「まあ、そんなことはどうでもいいのです。実は我々は困っていましてね。助けていただけないかと考えています」
「何を言っているのですかゼルバ様!こんな怪しいやからを……」
いちいちシルルが口を挟むのが、どうにもギヨウには煩わしい。
「落ち着きなさいシルル。今、我々の状況は凄く悪いのです。神にもすがる気分だったのですよ。そこに、まるで神からの贈り物のように人が降って沸いてきたのです。それは凄く――」
ゼルバは、ギヨウの方を見てから、少し溜めてから言った。
「面白いではありませんか」
ギヨウはその言いぐさに、とても好感を感じた。
「それで、何を手伝えばいいんだ?」
だから、もう手助けをする気分でそう聞く。
今度はシルルは口を挟んでは来なかった。先ほどゼルバに落ち着けと言われたからであろう。
「もうわかっているかもしれませんが、私は追われています。相手は――まあ盗賊ですね」
どうにも不審な間があったが、ギヨウは聞かなかった事にする。
「護衛もいたのですが、全員殺されてしまいました。我々が逃げるのを手伝って欲しいのです。逃げ切れれば報酬も弾みますよ」
もはや考えるまでもなかった。
ここまで話して、ギヨウは、ゼルバには悪いイメージを抱いてはいなかったのだ。
それに、戦えそうなのである。
報酬がどうとかというのは、どうでもいいが、この世界で食べていく上では必要だろう。
「任せろ」
だからギヨウは、二つ返事でそう答えたのだ。
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