第138話

 元々、私はあまり城の外には出ない。

 皇族だから本来は公務もあるはずだけど、幸いというか兄が六人もいるので、正直なところ七番目でまだ幼く、突出した才があったわけでもない私に任される仕事なんて殆どないのが現状だ。


 だから現状、何か起こりうるかもしれないのであれば、守りを万全にしやすいところで事態が落ち着くまで大人しくしておくのが一番だ。

 

(急ぎや私でなければ行けない公務ってものがあれば別だけど……)


 特に役職があるわけでもないし、政治的にどうこうできるわけでもなければ武力的にどうのってわけでもない。


 まあそういう意味では慰労や奉仕という場面においては最適だと考えられているみたいだけどね。

 兄様たちは妹の贔屓目を抜きにしても美形なので目の保養にはなるけど、癖が強いから……。

 ヴェル兄様は皇太子だけど内気でどうしても目つきが悪くなりがちだし、オルクス兄様は身内以外にはあまり愛想が良くない。

 パル兄様はそういうのが煩わしいって最近じゃはっきり口に出しているし、アル兄様は見た目で相変わらず周囲から言われる側なので外に出る公務は……ね。

 シアニル兄様は気分屋だし、カルカラ兄様がそういう意味では一番愛想がいいのかなあ。


(……いやみんな有能なんだけどね……)


 だからこそ民衆と同じレベルで頑張る女の子! みたいな私のような存在は皇室と民を結びつけるのに適任だとかなんとか宰相が言ってたんだよね。

 それには私も納得である。


 父様は『我が皇室に訪れた天使だぞ!?』とかまーた訳わかんないこと言ってたけども。

 なんだ天使て。

 父様が変わらず私のことを大事にしてくれるのは本当にありがたいんだけどこっちが小っ恥ずかしいので本当に止めてもらいたい。


 いや私が可愛いのは認めるけどね!?

 絶世の、という飾り言葉はつかないにしろ、可愛いものは可愛い。うん。

 ただそれに驕ったらきっと足下をすくわれるんだろうってことは覚えておかなくっちゃね!!


(とはいえ、これはこれで……)


 正直、キツい。

 自分にできることを見つけて率先してやってきたし、いつかは自立……と思って領地経営? の勉強なんかも始めてはいるけれど、聖女だ何だと言われて恋も愛も神様に捧げて祈るのが一番幸せだよ! って言われた時にはなんじゃそりゃって思った。

 

 だけど世界を壊す勢力? みたいのが世の中にはいて、それに狙われることになって。

 それに誰かが巻き添えになる可能性がある、なんて言われてしまったら大人しくする以外、できそうにない。


(私は、無力なんだなあ)


 前世も、今世も。

 そりゃね、何もできなくてもそこに蹲ってるんじゃなくてできることをやって、やりたいことをしよう! って気持ちは今もある。

 落ち込んでたってしゃーない、って思う気持ちもある。


 だけど同時に、私はどこまで行っても役立たずの、お荷物なのかなって。

 前世の親の顔も声も思い出せないくせに、言われたことばかりが頭に浮かんで、消えていく。


(どうして私には前世の記憶があるのかな)


 もう殆ど思い出せない前世なのに、これって本当に必要だったのか?

 いや必要に迫られて思い出したとかそういうわけじゃないからなあ……。


「きゅーぅクルルルーゥ?」


「ソレイユ」


「きゅー」


「……ごめんね、慰めてくれるの?」


 ぼんやりしていた私に、ソレイユが柔らかな体をすり寄せて心配そうに見上げてくれた。

 そういやソレイユが私に懐いているのも神の寵児だからだとかマルティレスさんとの会談の最後に言っていたっけ……もう半分以上聞いてられなくて何を言われても『お断りします』ってしちゃった自分を思い出して恥ずかしくなる。


 さすがにもう十才なので、ベッドの上でごろんごろんと身もだえるわけじゃないけども。


(子供っぽかったよなあ、うん……)


 ソレイユを撫でていると、気持ちが落ち着いてくる。

 嬉しそうに擦り寄って全身を預けてくれるソレイユは、身分とかそういうのを抜きにして私を好いてくれているってわかるからだ。


 勿論それはソレイユが私のペットで、人間関係とはまた別問題だってわかってるけど……。


「そうだよね、いつまでも落ち込んでるのは私らしくないよね」


 もう覚えてもいないあの人たち・・・・・のことで落ち込むのは、無駄だ。

 今はもう、私は〝ヴィルジニア=アリアノット〟であって、たくさんの味方がいてくれる。


 無価値とかお荷物とか、その人たちにとっての価値観で私を計ることは勝手だけど、それを受け入れてやる必要はどこにもないのだ。


「庭園に行こうか、ソレイユ」


「キュッ」


「公務に行かないんなら、一緒にのんびりする時間が増えたと思えばいいよね」


 最近は婚約者候補たちとの時間や公務や、皇女として頑張らなきゃって意気込んでソレイユとの時間もあまりとっていなかったような気がする。

 もしかしてちょっと寂しい思いをさせていたのかもしれない。


 私の言葉に嬉しそうに小さな羽をぱたつかせるソレイユを見て、私は反省するのだった。

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