第137話

「……俺たちにその話をするということは、アリアノット姫に護衛がこれまで以上につくだけでなく俺たちもその対象になるということでしょうか」


「そうだな、それもあるが……お前たちの誰かが妹と共にいる際に事件が起こる可能性もありうるのが現状だ」


 フォルティス様の言葉に、兄様が鷹揚な態度で頷いた。

 そして私を見て、婚約者候補たちを順に見て、そっと目を伏せる。


「手練れの護衛をつけるとはいえ、何があるかは保証できない。私たちもそうだが、各国の要人の子息であるきみたちもそういった身の危険に関しては常々覚悟をしているものと思う。だがそれを踏まえてあえて言わせてもらう」


 オルクス兄様の声は、とても静かだ。

 いつだって冷静に話すその声は柔らかいものであるはずなのに、今は少し鋭い気もする。


「我々にとって今回に限らず、現状で重きを置くべきはヴィルジニア=アリアノットの身柄が一番であり、お前たち婚約者候補に関しては二の次となる。軽んじているわけではなく、これが現実であることは全員が理解していることだろう」


「……」


 私は息を呑む。

 いや、確かにそうなのだ。


 この国において私は皇帝の愛情を受ける皇女であり、他のみんなはあくまで候補。

 勿論、それぞれがそれぞれの母国においてそれなりの地位を持った立場にあることは間違いないけれど、帝国内の重要度という意味では私が一番になるだろう。


 次いでユベール、フォルティス様ときてピエタス様とサルトス様は同じくらいだろうか。

 別に優劣をつけるとかそういう意味ではなく、ユベールは友好国の王子であり、フォルティス様は属国とはいえやはり扱いとしては王孫だ。

 サルトス様とピエタス様は有力な貴族の子息という扱いだからそういう順になる。


(……何も起きない。ただ覚悟を促されているだけ)


 でもこれって、私のせいで巻き込んだってことになるのかな? やっぱり。

 そう思ったらじくりと胸が痛んだ。


 前世でも毒親のせいで巻き込んでしまった同級生が怒鳴られて、それが理由で関係が少しだけ悪くなったことがあった。

 あの時は先生が間に入ってくれて、事なきを得たけど……今回も・・・私のせいでと思うと気が重い。


「護衛騎士を突破して何かを仕掛けられた場合は婚約者候補としてヴィルジニア=アリアノットの盾になる覚悟をもってもらいたい」


「兄様!」


 さすがにそいつはいただけない!!

 そう思って声を上げた私に、オルクス兄様は困った顔を見せただけだ。


 いや、オルクス兄様は正しいのだろう。

 ただ正しくてもそれが受け入れられるかどうかはまた別物って話なんだよ。


 何か言わなくちゃ、これ以上彼らを巻き込んで嫌われたくないというずるい自分の損得勘定がチラつく中、どうしていいかわからず私はぎゅうっと自分の手を握りしめた。


「……それはまあ当然だな。とはいえ俺たちに何かあっても姫に迷惑がかかる、基本的にはこれまでと同じく城の中で過ごすのがいいだろう」


 フォルティス様が当たり前のことだと頷くのを見て、私はバッと顔を上げる。

 私の行動に少しだけ驚いたような顔を見せたフォルティス様が、笑った。


「なんだ、俺たちに迷惑がかかるとでも思ったのか? ……問題ない、少なくとも俺は元々姫を守るだけに足る男でありたいから当然の話だと受け止めている」


「フォルティス様……」


「そういう意味では俺も役に立つと思う。確かにこちらの大陸では魔素が少ないから、万全かと問われたら難しいが……それでも普通の連中相手にするだけなら、俺の魔法は有益なはずだ」


「ユベール!?」


 なんでそんな好戦的なのよ!

 にやりと笑う合うフォルティス様とユベールを見て、そう思う。


「ぼ、ぼくは盾に……なるかもわかりません、けど、り、理解は、しました!」


「そうだね、僕も弓矢なら多少は心得があるけど……護衛としてはどうかなあ。まあ、この城の守りを抜けて入り込んでくるようなのがいるとは思わないけど、気をつけます」


 ピエタス様とサルトス様まで。

 当たり前のように、オルクス兄様の言葉を受け入れていることに愕然とする。


(どうして)


 同じように責任ある立場で、何かあったら誘拐とかそういう意味で狙われる立場にあるってことは自覚している。

 でも今回に関してはあくまで私の……望んだわけじゃないけど、聖女になるかもって話のせいでこんなことになっているのに、当たり前のように彼らが私の盾になってもいいなんて言われることが苦しくてたまらない。


 そんな善意を押しつけられることも、彼らにそんな覚悟を押しつける自分も、何もかもがいやだなと思ってしまったのだ。


(……嫌な子だ、私)


 前世の、憎たらしい親の顔ももう思い出せないのに。

 そこで植え付けられた劣等感が、顔を覗かせる。いつまでも取れない、シミのように私に染みついてそれはとれないままだ。


「ヴィルジニア」


 オルクス兄様が私の名前を呼ぶ。

 それは、私の名前だ。


「大丈夫だ。あくまで覚悟を確認させてもらっただけで、守りは万全だと信頼してほしい。お前も、彼らも、そういった手合いのものがどこに潜んでいるかわからないと理解してほしかっただけだ。すまない」


「兄様……」


「もっと言葉を選ぶべきだったな。すまない」


「いいえ」


 私は首を振る。

 そうだ、私は今は皇女なんだから、そういう覚悟をしなくちゃいけない。

 護衛がいてすごーいとか言っていられた幼少期に比べたら、皇女として過ごしてきた日々で学んでいるはずなのだ。


 いつまでも、あの人たち・・・・・の影に苛立ったり怯える必要はないはずなのに。


(どうして、いつまでも忘れられないんだろう)


 情けなくて、泣きそうな気持ちになった。

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