第135話

「さて、本題に入りましょうか」


 結局父様たちの言い合いに呆然とする私、そして我関せずで遠くを見ていたヴェル兄様……では話が進まないので、宰相さんがやってきて進行役を務めてくれることになった。

 ごめんね、忙しいのにね……。


 不貞腐れる父様をよそに、マルティレスさんはにっこりと笑顔を浮かべて創造神様がいかに素晴らしい神で教義は多くの人々にとってためになるもので……ってのを語った。


「そしてその創造神様は仰ったのです。世界に満ちる力……すなわち魔力と、そしてあまねくことわりの使徒……すなわち精霊の双方に愛される者こそが創造神様に見いだされた特別な存在であると」


「……魔力と、精霊」


 確かに言われてみると珍しいケースではあると思う。

 魔力が強すぎる人は精霊とそりがあわないと言われるし、精霊は自分が好ましいと思う相手でかつ彼らを見る才能がある人としか契約をしない。


 そういう意味では私は弱いながらに治癒の魔法を使い、精霊たちとは契約をしてはいないものの会話をして時には手助けしてもらっている。


(あれっ、実はすごいんじゃない……?)

 

 かといってチートか? って問われるとそれはナイ。

 はっきり言って〝特殊例〟程度でしかないと思う。

 だって魔力で山をぶっ飛ばせそうな人たちが身近にいるし、精霊たちに愛されまくっている兄様やカーシャ様みたいな存在を知っていると……ねえ?


 聖女って言われてもショボい治癒と精霊たちとキャッキャおしゃべりできる少女、どっちが凄いのよ? ってなったらさあ! 一目瞭然じゃないですかー!!


「創造神様の愛し仔であるからこそ、かようなことが成り立つのです。その存在は奇跡のようなもの……神殿にて、是非とも聖女として我らのしるべとなるべき御方にございます」


「確かに我が娘はこの世の者とは思えぬような愛らしさを持つ。神々の寵愛を受けるのも理解できよう。しかしだからといってヴィルジニア=アリアノットはこの国の第七皇女であり、神殿に身を置かねばならぬ決まりもあるまい」


「このような陰謀詭計いんぼうきけい張り巡らされるような恐ろしい俗世よりも、我らと共に神の身元で心穏やかに過ごされることが聖女様の御為にもなりましょうや!」


「何を!?」


「あ、あの……」


 また言い争いになりそうな気配を察知した私はそっと手を挙げる。

 父様とマルティレスさんの視線が勢いよくこっちに向けられたのは怖かったので若干身を引いてしまったが許してほしい。


 いや怖いでしょ、どう見たって……。


「聖女って何する人なんですか……?」


 しるべとか言われてもわからんて。

 本当にそれが必要なものなのかどうか、まずは教えてほしいんだ!


 私の問いに、マルティレスさんは咳払いを一つしてからにっこりと笑顔を作った。

 うん、なんていうか対外的な笑顔ってヤツ?


 でも遅いんだよなあ、父様とあんな喧々諤々やった後でそれは遅いんだよなあ!


「役割は神の妻として神殿に聖女として入り、そして祈りを捧げ、日々を穏やかに過ごすだけでございますよ」


「……えっ」


 神の妻? いやうん、もしかして本当の本当に古式ゆかしき神の妻?


 この世界では宗教によるところはあるけれど、基本的に聖職者も結婚が可能な世界だ。

 最も古いとされている創造神信仰については秘匿されていることも多いために世に知られていることは少なく、ただその信仰の深さから『本当に神の声を聞く神官がいる』とかなんとかかんとか。


 興味がないから『へー、すごいねー』程度に流しちゃってたのが悔やまれる……!!


(あとでピエタス様に聞いてみよう……)


 シズエ先生に質問したら聞いてなかったのかって叱られちゃいそうな気がするからね!

 でもまあそれよりもその前ですよ、その前。


「神の妻……というと、あの、私には今婚約者候補がいて、その方たちのどなたかといずれは婚姻をして、この国の貴族位を賜る予定なんですけど」


「そのような雑事や政略的な婚姻に煩わされることから解き放たれます」


「えええ」


「聖女となれば神の愛の元、幸福になれます!」


 どこまでも晴れやかな笑顔でとんでもねーこと言ってんぞ、このおっさん……!

 おっと、思わず口が悪くなってしまった。


「謹んでお断り申し上げます」


 そして考える間もなく、思わず私はそう言っていたのだった。

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