第111話

 シアニル兄様がお茶を用意してくれて他の兄様たちとも過ごせたおかげで、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 お妃様たちに悪気はないんだとしても、やっぱり急かされているみたいな気持ちは拭えない。

 そのことに対して、兄様たちが働きかけてくれるっていうからそれを信じようと思う。


 ただ、私と仲良くなりたいって思ってくれているらしいことも本当のようなので、少しずつ距離を詰めていけたらいいなとは思う。


「あっ、ソレイユ! だぁめ」


「キュゥ?」


 ホッと息を吐き出しつつ、私は手紙を読んでいる。

 その傍らで、ソレイユが封筒を囓っていたので叱った。


 その仕草が可愛くて思わず笑ってしまったけど、間違えて呑み込んじゃったりしたら大変だもんね。

 飼い主として気をつけなくちゃ!


 いや、ドラゴンが紙を食べたからお腹壊したって話は聞かないけど、念のためね?


(……もう少ししたら、かあ)


 魔国を発つ前に出してくれたのであろうユベールからの手紙。

 それを私は抱きしめる。


 書かれていたのはたった一言。


『早く会いたい』


 他にいろいろあるでしょ? って思うけど、ユベールの気持ちなんだと思うとなんだか嬉しい。

 手紙を書くのも惜しいくらい、私に会うために急いで出てきてくれたんだなって感じた。


 これは恋心なのか、幼い頃に別れた寂しさなのか、私にはわからない。

 でもユベールが帝国に戻って・・・くる。

 その事実が、たまらなく嬉しい。


(結局私はまだ恋とか愛とか、わかんない)


 家族が好きだ。大事だ。

 前世から持ち越したこの感情は、今、ちゃんと正しく満たされている。


(満たされ過ぎて今度は家族から離れたくないけど)


 前世は離れたくてたまんなかったけど、今や『大人になりたくない、このまま守られていたい』くらい私は家族にズブズブに甘えてしまっている気がする。

 これはよくない。


 とてもよろしくない事態では?


(兄様たちはそれでもいいって笑ってたけど、絶対に良くない)


 私は自立した大人の女になりたいのだ。

 そりゃ今は確かに子供なので庇護されて当然と思うし、まだ甘やかされてもいい年齢であると自覚もしている。

 だからヴェルジエット兄様やパル兄様が差し出すお菓子は喜んで受け取るし、オルクス兄様に膝抱っこだってされたし、シアニル兄様が私の髪の毛を弄ってても気にしないし、カルカラ兄様に肩車されるのだって嬉しい。


 アル兄様には「あーん」してあげたよ!!


(兄様たちには『恋なんて考えてするもんじゃない』って言われて、確かにそうだって思ったしなあ)


 政略結婚である以上、すでに〝出会って〟はいるのでそこからお互い異性として意識していけるのか、将来夫として妻としてお互いを尊重できるのか。

 そういう感情を持てるのかが大事だってヴェルジエット兄様は言っていた。


 その横でオルクス兄様が『あんなこと言ってるけど兄上はすっかり婚約者にメロメロだ』なんて教えてくれたので、恋に発展することはやはりあるのだろう。


(私が、恋かあ)


 前世で見たのはマンガとか、映画とか……そういうのだと、胸が締め付けられるくらい会いたくて、会えたらときめいて、ぎゅってしてほしいとか、キスしたいとか……?

 顔が思わず赤くなっちゃったり?


 うーん、わからん。

 わからんけど、今は多分急いで答えは見つけなくてもいいのかなって思えた。


 少なくとも私はあの三人に対して、兄様には感じない『ドキドキ』する気持ちがある。

 これって多分、恋にはなってないけど、なるかもしれないってことだよね。


(今世は恵まれていて、その余裕があるんだなあ)


 前世の余裕のなさばっかり思い出して切なくなるけど。

 なんだよ私、恋を夢見ることすらしてなかったのかよ!

 その経験のなさが今になって祟ってるよ! いいか、新鮮な気持ちだもん!!


「……ユベールにもドキドキするのかな?」


 思い出すのは私よりちょっとだけお兄さんだったユベールだ。

 あの時も美少年だったんだから、きっと今もそうに違いない。


 彼はどんな風に成長したんだろう。

 私を見て驚くだろうか? 変わってないって笑うだろうか。


「……私も早く会いたいよ、ユベール」


 みんな・・・からもらった大事なものをしまう宝箱に、ユベールからの手紙をしまい込む。

 そこには兄様たちからもらったピアスの他に、サルトス様にもらった花で作った押し花や、ピエタス様からもらった小さな彫刻、フォルティス様からもらったレターオープナーがしまわれている。


 増えていく宝物。

 それを見て思わずニヤニヤする私に、ソレイユが小首を傾げたかと思うとぴょいとそこに飛び乗った。


「えっ、ソレイユ?」


「きゅーい!」


 そして何を思ったのか自分のウロコを一枚ベリッと剥がして、そこに放り込んだ。

 虹色のキラキラしたウロコが羽毛の下にあったらしい。


 ふんすとドヤ顔を見せるソレイユが「どうだ!」と言わんばかりに私に擦り寄る。


「なあに? 自分のウロコが一番綺麗だって言いたいの?」


「きゅう」


 ああ、幸せだなあ。

 私はこんなにもみんなに大切に想われているだなんて!

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