第109話

 そして案の定というかなんというか。

 サルトス様とピエタス様がそうだったんだからそうじゃないかなあとは思っていた。

 覚悟もしていた。

 フォルティス様も、何かしら考えているんだろうなって。


 でもちょっとこれは予想外って言うかなんて言うか。


「……おもしろくない」


「ええと」


 不機嫌な様子で現れるとか、そんな表情豊かなフォルティス様になっているとは思いませんでした。ハイ。


「何がでしょう……」


「……それがよくわからない」


「ええ……?」


 何が原因かもわからず、そんなことを言われましても。

 こちとら人生経験だけで言えば前世分があるので多少は彼よりも上だとは思うものの、今世では甘やかされて育った十歳にしか過ぎないのだ。

 そんな意味不明なことを言われても正直対応しかねる。


 今日は落ち着いて茶を飲む気分じゃないと言われて庭園を散歩しているけど、なんでかフォルティス様はソワソワと落ち着かない様子で私の周りをウロウロするんだよなあ。


「……姫君に、獣人族への偏見がないことはよく理解している」


「はい」


「だが結婚となると、話はまた変わってくるというのを理解してくれているだろうか」


「そうなんですか?」


 兄様たちは何も言っていなかったし、カレン様も父様に嫁いで来てるくらいだから普通のことだと思っていた。

 でも確かに他種族と結婚するよりも獣人族って獣人族同士で結婚する方が多いってシズエ先生の授業でも習った気がする。

 その理由は種族特性が問題だって言っていた気が……。


「……獣人族の獣性が薄まるからでしたっけ」


「……実を言うとそれは表向きの理由だ。勿論、獣人族としての種族特性は大事だけど」


 獣人族は身体能力が高い代わりに魔力耐性がやや劣る。

 だから他種族と結婚した場合、リスクが大きい。

 具体的に言うと、子供が授かりにくいのだという。


 カレン様はスペルビアに伝わる秘薬とやらを使ったから上手くいったんじゃないかってさ!

 なにそれ気になる。


「これまで俺は剣の道があるからそれでいいと思っていたが、視野が狭くなっていたものが開けたら今度は考える余裕ができて」


「はい」


「姫君がもしも俺を選んでくれたのなら……俺は姫君の夫になるわけだ」


「そうですね」


 だって婚約者候補ですしね。

 婚約ってことは将来結婚するためのものですしね。


 えっ、今更認識されたの……?


「獣人族は番った相手に執着する。選ばれたら俺はきっと姫君の傍を一日中離れない」


「ええ……? 視察とかバラバラでしなきゃいけない時はどうするんですか」


「……そこは我慢できると思う」


 我慢の問題なんだ!?


 ううん……?

 詰まるところ、フォルティス様が不機嫌な理由はなんだろうか。

 話が見えてこなくて私は首を傾げる。


「だから」


「はい」


「……もしも、それでもいいと姫君が言ってくれるなら、俺もその可能性を考えても、いいんだろうか。サルトスや、ピエタスの方が姫君には合う、と思う。あいつらはいいやつで、穏やかだ。対する俺は無骨で、けどあいつらばかり姫君と仲良くするのは」


 フォルティス様のうさ耳が、忙しなく動く。

 私は目を瞬かせた。


 要するに、婚約者候補としてというか、将来結婚したら重くなる男だと自覚しているから引いていたけど他の候補者と仲良くされるのは面白くないってこと?

 それが私に対する『恋心』ではないのだろうけれど、気持ちがまるでないって意味ではないのだろう。


 だって私たちはまだ、子供だ。


「……私は一途な人、いいと思います」


「! そ、そうか」


「はい」


 前世の倫理観も混じっているから、どうせなら……浮気しない人の方がいいなって思う。

 私は恋愛経験がないからわかんないけど、浮気されないって最初からわかってるなら多少重たいくらいの愛情でも、他に比べようがないならいいと思えるんじゃなかろうか。


 少なくともフォルティス様は私の嫌がることはしないだろうし、できないだろうから。


(でも、なんだろう。少しだけ進展した、んだよね)


 三人との距離が、縮まった気がする。

 鈍感な私でもわかるくらい、私たちは『いつか夫婦になる』っていうことを意識しだした。


 ちょっとだけ、ドキドキする。

 これが育ったら、恋になるのだろうか?


 まだ答えは、見つけられなかった。

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