第108話

「あ、あの……アリアノット姫様に、こ、これを、あの」


「絵ですか? ……もしかしてピエタス様が描いたの?」


「そ、そそ、そうです……拙い、もの、ですけど」


 差し出されたのは小さな水彩画を額縁に収めたもの。

 そこには私らしき人物とソレイユらしき竜が庭園で戯れている姿が描かれている。


「うわあ! ありがとうございます!!」


 実物よりずっと可愛いな!?

 いやソレイユは可愛さで全く負けてないけどね!!


「よ、よよ、喜んでいただけて、ぼ、僕も嬉しい、です」


 ホッとしたような笑みを浮かべるピエタス様。

 彼は普段宗教画以外興味がなくて、他のものは描かないって聞いていたから少しだけ驚いた。


 でも私に贈り物として描いてくれたのだというのだから、嬉しくてたまらない。

 これは部屋に飾らなきゃ!

 きっとソレイユも喜ぶぞう。


 嬉しくて何度もその絵を見ている私に、ピエタス様も照れながら嬉しそうだ。

 ああ、こういうのっていいなあ!


「本当にありがとう、ピエタス様」


「……よ、かった」


「ピエタス様?」


「……僕、には、これくらいしか、できないから」


 絵の具で汚れた手に視線を落とすピエタス様は、少しだけ悲しそうに笑みを浮かべていた。

 なんでそんな悲しそうな笑みを浮かべるのか、私には理解できない。


 理解できなくて、思わずその手を取っていた。


「ア、アリアノット姫様?」


「大丈夫?」


「え、ええと、あの、手、どうして……」


「だってピエタス様、なんだか辛そうだったんだもの。こうやって手を握ってくれる人がいると、少しだけ楽にならない?」


 私が辛い時にはいつも兄様たちが抱きしめてくれるし、かつてはユベールもそうやって傍にいてくれた。

 さすがに今の年齢の私ではピエタス様を抱きしめたらいろんな意味で問題だと思うけど、手を繋ぐくらいは大丈夫だろう。


 なんといっても婚約者候補だしね!


「……つ、つらい、ことは、特にないん、です。で、でも……」


「でも?」


「ぼ、僕は、無力だと、じ、実感して。これまでは、それでいいと……思ってたけど」


 ピエタス様も、父様に言われたことを少しずつ考えたんだそうだ。

 変わらず宗教画を描きたいし、学びたい。


 だけど私と共に歩む未来があるなら、今のままではダメなのだと改めて思ったんだそう。


「ぼ、僕は貴族の出身ですけど、ご、五番目だし……領地経営とか、そういうのは、やらなくていいってずっと思ってて」


「うん」


「だけど。だけど……もし、ぼ、僕がアリアノット姫様と将来を共にできるなら、ぼ、僕みたいな子でも、好きな未来を選べるよう、に」


 領主の夫として、運営の方針に組み込んでいけたかもしれない。

 でもそれをずっと「他の誰かがやってくれること」と思っていたピエタス様にとって、父様に言われてようやく現実と向き合った瞬間に『出遅れた』と痛感したんだそうだ。


 なるほど、それは確かにそうかもしれない。

 話を聞く限り、サルトス様は帝国に来て花を育てる傍ら学業にとても熱心で、領地の運営にも興味を示しているという。

 多分、植物を育てるためだけど。


 フォルティス様とユベールは、そもそもが王位を継がないにしろ王族として帝王学を学ぶ。後に臣籍に下った際、領地を賜る立場だからね。


「でも気づけたなら、それでいいと思います。私ともしも共に歩んでくださるなら、きっと長い道のりになるもの。私も勉強の途中だし、ね?」


「ア、アリアノット姫様……ぼ、僕、僕は、まだ恋とか、結婚とか、よくわからないです。で、でも、お優しい姫様の、お、お役に立ちたいって、思って」


「ありがとう、ピエタス様」


 私が優しいって?

 優しいのはピエタス様だと思うんだよね。


 知っているんだよ、城内には使用人たちの子供を預かる託児所があるんだけど、ピエタス様がそこで子供たち相手に本を読んであげたりしているってね!

 後は使用人たちの手助けをしたり、教会での慈善活動を積極的に行っていることもね!!


 人と接するのが少しだけ苦手だったはずのピエタス様は、今ではもう人気者なのだ。

 私がいなくたって、どんどん輪は広まっている。


 それなのに私の婚約者候補として、得意ではない人物画を描いてプレゼントしてくれるなんて……優しさの塊じゃない?


「あ、新しい候補者が来ても、ぼ、僕とこうして……お茶をしてくれますか?」


「勿論です、ピエタス様!」


「良かった……」


 ふわっと本当に嬉しそうに微笑むピエタス様が子犬にしか見えないんだけど、どうしよう。

 でも気づいたら、私が掴んだ手はピエタス様がいつの間にか握るみたいになっていてそれが少しだけ恥ずかしかったけど……今更離すのも変で、私はなんだか胸がドキドキしたのだった。

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