第107話
「……ええと」
父様がユベールを追加の婚約者候補だと私たちに宣言して以降、サルトス様との初めてのお茶会。
いつも笑顔で出迎えてくれる彼は今日も笑顔だったけど、なんというか憂い顔の美少年になっていた。
(危うい雰囲気を、醸し出しておられる……!)
弱冠十五歳にしてこの色気はなんなんだ!?
十歳の私でもクラッとしちゃいそうだよ、どうしたのサルトス様。
「来てくれてありがとう。今日のお茶は花茶っていうのにしてみたんだ。とても綺麗だからアリアノット様が喜んでくれたら嬉しいと思って」
「あ、ありがとう……」
差し出されたカップを受け取って、いつものように日頃の話をする時間。
そう、いつもと同じだ。
いつもと、同じはずなんだけど何かが違う。
だからだろうか。
会話が途切れたら、なんだか気まずい雰囲気になってしまった。
サルトス様はティーカップを置いて、私を見る。
いつもと同じようでいつもと違うサルトス様に、思わず私は姿勢を正した。
「……先日、皇帝陛下に言われたことを、僕なりに考えたんです」
「えっ」
「皇女の夫となる。それは、わかっていました。……いえ、わかっているつもりでした」
サルトス様は、選ばれても選ばれなくても
この国に来て、エルフだけど精霊が見えないことで周囲から多すぎる気遣いを受けることのない生活を送ったことで随分と気楽でいられたから、それで十分だと思っていたんだとか。
「エルフ族は、夫婦になることを『一本の木を育てる』ことだと表現します」
「木を育てる?」
「はい。エルフ族は自然とあるままが良いとされるのに不思議な表現ですけれどね。愛情という見えない木を、夫婦で育てるのだと言います。枯れないように、折れないように。いつか花開き、実を成して大樹となるような……長い月日をかけて、共にあれるようにと」
「……」
「僕はこの国に来て、随分と甘えさせてもらったと思いました。アリアノット様が、共に木を育てていける相手として僕を選ぶかと問われたら……難しいだろうなと思ったからです」
「えっ」
ちょっと難しくてよくわからないんだけど、それは私がフラれたってことか!?
思わず持っていたクッキーを落としそうになったが、なんとか堪える。
「僕は領主の夫、皇女の夫というものについて不勉強だった気がします。そうなったらでいい、ではなく。僕は」
サルトス様が言い淀みながら、ぎゅっと拳を握った。
深呼吸をしているのだろうか。
緑の目が、少しだけ困っているように見えた。
「サルトス様」
「アリアノット様……」
「慌てて結論を出さなくても良いと思います。サルトス様こそ、私が共に木を育てて行く相手かを見定めるべきです」
「え?」
「確かに私たちは、婚約者候補という結婚を視野に入れた出会い方をいたしました。でもそれって、絶対ではないです。私がサルトス様にとってそうじゃないと思ったら、それを言ってくれていいんです。私が望むのは、従属ではないのですから」
そうだ、私が欲しているのは家族だ。
なんでも受け入れてくれる相手がいてくれたらそれはすごく楽だと思うけど、私が夫に求めるのはそういうんじゃないと思う。
多分。
いや絶対。
私は前世の親みたいな夫婦にはなりたくないのだ。
かといって父様みたいな為政者になれるのか? って言われたら無理だろうけど。
だからこそ、きちんと意見を言い合える、おんぶに抱っこでもない、対等……は難しそうだけどそれっぽい感じの夫婦を目指したい。
「今のサルトス様は、無理にそうならなきゃって言ってるみたいです」
「そんなことはないんです。ただ、ちょっと焦らなきゃって、ようやく気づいて」
「……焦る?」
「いえ、こちらの話で……」
ひらりと手を振って誤魔化されてしまった。
これは追求してはいけない、のかな……?
「お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しましょう」
「……はい」
ああ、追求しないでくれってことね。
なんか釈然としないけど……でも一つ、私自身の気持ちに整理がついたからよしとしよう。
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