第106話

 恋は素敵なもの。

 書物にはそう書かれているけれど、実際のところ政略結婚をする身としてはあまりお勧めできない話。

 結婚した後に愛を育む……なんてことができればいいけれど、それこそお伽噺のように『運命の恋』に落ちちゃったらさあ大変! って話。

 まあだからこそ、恋愛結婚をしたとか夫婦円満な貴族家ってのはそれだけで憧れや妬みの意味でも注目されやすいそうだ。


 恋愛感情を抱いた相手と運良く結婚できるとは限らないのが政略結婚で、下手したら相性が悪くてお互いに愛人を囲って生活する……なんて貴族も少なくないというからね。


(そういう意味でも、私が傷つかないように最初から選ぶ権利を父様は与えてくれたんだろうなあ)


 私が好きになった相手と、気持ちをゆっくり育んでいけるように。


 そして相手には多分プレッシャーをかけていくスタイルだよ、父様だもん。

 どうしよう私が知らないだけで裏で圧迫面接とかしてたら!


(……さすがにないか)


 ないよね? そこは大人として信じていいよね!?


 まあすでに派閥の人やお妃様たちから私の婚約者になれってプレッシャーを与えられているであろう彼らにそれ以上のことを強いるほど父様はひどい人じゃないだろうから。


「……ってことでどうかな、テト!」


「それアタシに聞くのは多分間違ってるんだよねえ~」


 恋愛経験がある女性、かつ既婚で相談できそうな相手。

 そして皇女相手であろうと忖度なしに意見を述べてくれそうとなればテトだ!!


 考えた結果そう意気込んでテトを頼ってみたものの、彼女は苦笑するばかり。


「恋なんて言葉じゃあ説明できませんよオ」


「……それはそうかもしれないけど。でも誰かを選ばなくちゃいけない時、どうやって選んだらいいのかわからないもの」


「そうですねえ。候補者は全員顔良し、性格よし? そんで家柄も良くて将来性もありますからねえ」


 そうなのだ。

 王族、あるいは重臣の子供でその才能は各人につけられた家庭教師たちが褒め称えているというし、性格に関しては……少なくとも私にとって優しい人たちで、美形である。

 美形である。大事なことだから二回言う。


 美形である(三回目)。


「最終的には彼らの気持ちよりも、私が選ばなきゃいけないってことはね……わかってるんだけど」


 言うなれば彼らは私に差し出されたようなものであるからして。


 恋をしてみたい、愛ある家庭を築きたい。

 だけど私はそれを知らないのだ。

 だからこそ『欲しい』わけだけども。


 それに付き合わされる彼らに嫌な思いをしてほしくなくて、仲良くなってほしいと努力を重ねているんだけど……。


「……何が正しいのかわかんなくなっちゃった」


「それでいいんじゃないですかねえ」


 あっけらかんとしてそう言い放つテトは、本当にマイペースだ。

 それが少し羨ましくもあり、恨めしくて思わず睨んでしまったけれど……彼女は特にそれで機嫌を損ねる様子もなく、ニコニコしていた。


「だってね、姫様」


「……うん」


「姫様はまだ十歳なんですから。そりゃ婚約者を決めなくちゃいけないんでしょうが、いつまで・・・・って陛下も期間は区切んなかったんでしょう?」


「でも、いつまでもは引っ張れないでしょう?」


「そうですねえ。でも、今すぐ決めなくちゃいけないわけでもないんです。恋なんて気がついたら好きだなあって思うもんですし、それを候補たちに感じたらそれはそれでラッキー、そうじゃなくても姫様のことを裏切るような子は集められてないはずですから」


「……うん」


 みんな優しい。

 だから私が選んだとしたら、どの候補でもきっと私に誠実でいてくれる。


(でもそれはあくまで、私が皇女だからじゃなくて?)


 自信が持てない。皇女でない私は、選ばれない。

 私が選ぶ側なのに?


 おかしな話だ。


「大丈夫、姫様は可愛い女の子ですよ」


 テトはそう笑ってくれたけど、私はなんだか泣きたくなってしまったのだった。 

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