第103話

「失礼いたします、父様。お呼びと伺いましたけど……って」


 私が父様の執務室に入って淑女らしい挨拶をすると、そこには何故か私の婚約者候補の三人がいるではないか。

 彼らもなんで呼ばれたのかわからないらしく、やや困惑気味だ。


「来たか。座りなさい」


「は、はい」


 お父さまの真向かいに私が座り、候補の三人はもう一つあるソファに横並びに座る。

 

 私の前にだけマカロンタワーが置かれていることについてはもう触れない。

 父様がにっこにっこで「お食べ」って顔してるけど、食べないからね!?

 この状況で食べられるかっていうの!!


 ちょっと残念そうな顔されると罪悪感が刺激されるから本当に止めてほしい。

 十歳で胃炎になったらどうしてくれるんだもう。


「それで、どうなさったんですか? その……ここにいるメンバーを見る限り、私の婚約に関して……なんでしょうけど」


 でも、彼らの後見人役であるお妃様たちが呼ばれていないのは何故だろう。

 さっきまで私の近くに、三人ともいたはずだ。


 わざと呼ばなかったのには、理由がある。

 父様はにやりと笑った。


「ああ。お前の婚約について、大事な話があってな」


「……なんでしょうか」


「我が愛しき娘は十二分に婚約者候補たちの心を捕らえたようではあるが、今一つ進展がないようだと報告を受けている」


 三人が三人、ちょっとだけ肩を揺らした。

 父様に咎められたと思ったんだろうか。

 別に怒っている風ではないから、心配しないでほしいんだけど……元々怖い顔なだけで。


(進展、かあ)


 仲良くはなった、けどそれは好感度を数字で表して満点が百なら友人レベルの五十とかその辺だということは私も理解している。


 というか今更なんだけど私、前世でも『恋に恋するお年頃』のまま転生したので、正直『恋とはなんぞや!』なまま今に至っているのだ。

 そのため三人とは仲の良い〝年齢の近い親戚のお兄ちゃん〟くらいの認識で……知識にあるような夫婦生活ってものを送るところまではまるで想像できていない。


(というか、自分が誰かの特別になることが、想像できてないんだよなあ)


 憧れた親子関係は、手に入った。

 兄様たちとの関係も。

 

 それは前世で、ずっと目の前にあるのに手に入らなかったものだからだ。

 だから具体的に想像できた。

 こうだったらいいな、ああだったらいいなって。


 でも恋とか、その先の話は……想像ですら、できない。


(これが転生したネックなのかなあ)


 そもそも彼らも私と夫婦に……なんて考えられるんだろうか。

 今のところ美少女とはいえまだちんちくりん。

 恋愛対象に……って早い子は幼稚園の頃から恋してるんだから別に十歳なら早すぎるってことはない……?


 うーん、恋とはなんぞや。

 禅問答みたいだ。


「そこでだ、今ならまだ他の候補者に追いつける・・・・・からと名乗りを上げた者がいてな」


「……え?」


「婚約者候補が、もう一人増えることとなった」


「えええええ!?」


 淑女としてはいけないことだろうけど、驚きを隠せない。

 だって私だよ?

 末っ子の第七皇女、正直今後も政治的な価値はほぼ皆無。

 父様と兄様に可愛がられてはいるけど、そこはそれ、彼らがそこまでじゃあ私の婿となった人間を優遇するかっていうとそれは別の話なので期待は薄い。


 そんな私の婚約者候補に『名乗りを上げた』だって!?


「い、いったいどんな奇特な方が……?」


「その言い方だとお前の婚約者候補は奇特な人間になってしまうが」


「えっ、いえ、名乗りを上げたというから本人の希望なのかと」


「そうだな、間違ってはおらん。本人たっての希望だそうだ」


 私の動揺も、婚約者候補たちの動揺も父様には面白いものらしい。

 にやにやしている顔にイラッとしたけどそれどころじゃない。


「相手はお前もよく知る魔国オルフェウスが第一王子、ユベールだ」

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