第76話

「……サルトス様、エルフ族って恋愛についてどう考えているのでしょう? お話を伺う限り、政略的なものよりも基本的には自然の流れに身を任せる……というお考えだと思うのですけど」


「そうですね、確かにアリアノット様の仰る通りです。基本的にエルフ族は精霊に好かれやすい血脈というのがあるのですが……」


 サルトス様の説明によると、精霊と相性のいい血筋というものがあるらしい。

 勿論それによるところだけではないのだけれど、伝承によれば魂とかそういったものが関係しているとのこと。真偽の程は不明。


 そういう理由から火の一族とか水の一族……みたいに精霊に好かれる部族ごとに生活をしていたんだとか。

 別に他の精霊に好かれる人たちを拒絶しているとかではなくて、自分の親戚縁者で集まったらまあそりゃみんな同じようなタイプだから同じような精霊に好かれるよねってだけの話だ。


 そして年頃になると部族間交流みたいな形でお見合いが開かれたり、人に紹介されたりで出会いの場が設けられるのが一般的なんだって。

 普通だった。

 うん、ものっすごく普通だった……!!


 まあそんなこんなで第三妃であるカーシャ様とサルトス様は風の精霊に好かれる部族の一員ってことらしい。

 そういやオルクス兄様の周りにも風の精霊さんがたくさんいるもんな。

 今もサルトス様の周りをくるくる回っているから、精霊さんたちはサルトス様のことが好きなんだろう。


「……サルトス様は、もしも私と結婚することになったらそういった自然の流れというか、ええと……帝国内の貴族として、領地の運営とかそういったこともしなければならなくなるのには、抵抗ないのでしょうか?」


「ありません。……カーシャ様はあまり興味がないと仰っていましたが、僕はそれはそれで人族がそういう自然との付き合い方をしているのではないかなと思うのです。勿論、利益を優先するあまり自然を破壊することを率先して行うということには否定的な態度を取らせていただくかもしれませんが……」


 サルトス様は私の問いにもすらすら答えてくれる。

 だけどそれは、まるで『そう言え』と言われているのかってくらい模範的な回答だ。


 だから私は少し首を捻らざるを得なかった。


(それって、選ばれたら仕方ないからそれに添って生きるよってだけで……流されて生きているのと何が違うんだろう?)


 いや、私が偉そうに何かを言える立場ではないのだけれども。


 なんせ彼は『私に』選ばれるためにカーシャ様がこの地に招いたのだ。

 選ばれなければ困る、可哀想な子だから……カーシャ様は、何をおいても私に彼を選ばせたいに違いない。


 だけど、それでいいのだろうか?


 私がいうのもなんだが、自身のやりたいことがわかっているのに……もし私と結婚して、帝国の貴族の一員として当主や社交、そういったことを求められたとしたら?

 というか、やらざるを得ないのだ。

 そこに彼がやりたいと願っている『植物の研究』や『世界を見て回る』なんて自由は……あまり、ないと思うのだ。


 今はまだ私も子供だから割と自由にさせてもらっているし、なんだったら第七皇女なんて末っ子だし、上が人数いる分仕事の割り振りもされた結果慰問くらいしか回ってこない現状ではあるのだが……うちの長男次男を見ているときちんと仕事をしようとすると結構大変だと思うんだよね!


(……かといって、まだ二人で会う時間をとったばかりでそのことを詰めても彼が本音を見せてくれるとは思えない……)


 むしろ、表面上だけでも穏やかな相手となら、長く一緒にいたら尊敬の念も互いに抱けるようになるのだろうか。

 ああ、なんで私前世で恋愛してなかったんだろう!?

 あんだけラノベとか無料サイト読んでたのにまるっきりロマンス系のところだけすっぽ抜けてるってどういうこと!!


(思い出せるのが、顔も思い出せない毒親と残された姉のことだなんて)


 いやなことが多かった。

 だから、そうならないように……そればかりが頭の中で繰り返される。


 幼い頃は鮮明に覚えていたものも、今となってはボンヤリとしていることが多い。

 多分それって、私がきちんと・・・・ヴィルジニア=アリアノットという人間として統合されたからなのだと思うことにしている。


(うーん、私自身も結婚については『幸せになりたい』程度で具体的なビジョンがあるわけじゃないしなあ)


 少なくともあの毒親みたいになるまいとは思うし、今世では尊敬できる父と兄たちを前に自身もできる限り立派な皇女になりたいとは思っているけど……。

 でもそれって、みんなが願ってくれている『私の幸せ』とも何か違うと思うのだ。


 かといってそれが何かってのが答えられないうちは、私も婚約者候補たちに何かを要求しちゃいけないんだよな……。


「そういえば、僕からも質問させていただいてもよろしいでしょうか」


「え? ええ! 勿論」


「ありがとうございます。それじゃあ……」


 私がテーブルの上のクッキーに手を伸ばすのを見て、そっと皿を押してくれるサルトス様は笑顔だ。

 とても優しい笑顔。


 そしてその笑顔のまま、言葉を紡いだ。


「どうしてアリアノット様は、その年齢になっても他のお妃様方と交流をなさっておられないんですか?」

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