第70話
そうしてとりあえず聞いてみた結果……私は父様に呼び出されてしまった。
特にお叱りを受けることはなかったけど、私が恋愛に興味を持っていると知ってびっくりした、とのことだった。
まあそうか。
婚約者候補ってのがいるのに『恋愛ってどういうものなのか』なんて質問をしていたら婚約者が決まる前から遊ぶつもりなのかって親としては心配になるのかもしれない。
婚約者候補たちとの将来を見据えて、関係を深めるためにも知っておきたかっただけなのだが……それを告げたらそれはそれで不満だったらしい。
どうしろと。
(うーむ。人に聞くのもだめ、本に書いてあるのはお勧めしないってデリアは言っていたし……)
ちなみにデリアによると恋愛指南書のようなものがやはり巷に売られているそうなのだが、大抵は綺麗事が羅列してあってその通りになんて決して行かないし、逆に行くとしたらそれはそれで騙されている率が高いので気をつけなければならないとものすごく念を押された。
なんでもデリアには相手がいないが、デリアの親戚が指南書を鵜呑みにして悪い男に誑かされて甘い言葉を信じ切って全財産を渡してしまい、今は世の中に絶望して出家しちゃったんだってさ。
(……うん、異世界だろうとどこだろうと悪い人っているのね……)
遠い目をしたくなったのは内緒だ。
それとなく勧められた恋愛小説を読むことにしてみたけど、どうにもワクワクはするものの自分に置き換えてみると気分が一気に冷めるから困ったものである。
「なんでみんなあっという間に『この人が好きなんだ……!』ってなるんだろー」
そもそも好きになるってどんな感情なんだろうか。
親兄弟、友だちに抱く〝好き〟とは異なること。そのくらいはわかっている。
前世の記憶が多分影響していると自覚はしている。
確かに私は前世で恋愛がしたかった。
そりゃもうめくるめくキラキラした世界……までは言わないが、友人たちの恋愛話を耳にしてそのくらいに憧れはした。
でも現実的な問題として、私は毒親たちから家事全般言われてお金もなく、とにかく中学卒業と同時にどうやって逃げるかを考えなければならなかったのでそんな余裕はなかった。
同級生の誰それ君がカッコイイってきゃあきゃあ話す友人たちを羨ましく思いながらも、それよりも今日の晩ご飯は文句を言われないだろうか、買い物をするお金を渡してもらえるだろうか、無駄遣いをしたなんて難癖をつけて何かのストレス発散に殴られないだろうか……なんてことばかり考えていたのだから仕方ない、と、思いたい。
(……前世の自分、散々だな)
そしてこれが一番の問題なんだけど。
私はポジティブだが、ネガティブだということ。
意味がわかんないだろう? 大丈夫、私もだ。
つまり何が言いたいかっていうと前世の〝私〟は両親から可愛くない、存在価値が低い、家事ぐらいでしか役に立たないetc…etc……とまあ日常的に言われ、それが『当たり前』の世界の中で生きてなんとか必死に足掻いて外に飛び出した。
飛び出したところでいきなり人間変われるわけでもなく、恩師にも周囲にも『これから』少しずつ変わっていこうと支えてもらえて一歩を踏み出したわけだ。
でもその『変わる』前に私は
そして、その前世を覚えている私は……私の中には、未だに私自身の価値を信じられないでいる〝私〟がいるのだ。
(この世界でヴィルジニア=アリアノットとして生まれ変わったのに)
父親に愛されて、兄たちに可愛がられて、周囲からも可愛いと言われたり裕福な暮らしで食うに困らず、学びたいだけ学ばせてもらえている。
私は私であるだけでいい……とまでは言われていないけれど、かなり大切にされているってわかっている。
それなのに、そこを信じ切れない〝私〟がいるのだ。
皇女だからでしょう?
皇帝だから、皇子だから、体裁があるから。
そんなことはないって自分自身あれこれ否定するのに、それに被さるように私自身が私を否定する。
前世の記憶があるからいい子を演じられるだけ。
みんなそれに騙されてくれているだけで、真実を知ったらがっかりするに違いない。
私の価値なんて政治的な利用だけで、他には大した能力もないし他の兄たちに比べればパッとしない容姿だし……。
(ああ、どうしたらいいのかな)
踏み出せない。
「ソレイユ」
くうくうと暢気な寝息を立てて私の腕の中に収まる温かなその命だけは、私を裏切らない。
そんなことを思ってしまった自分にまた自己嫌悪が芽生える。
(こんな私がいつか結婚するの? しなくちゃいけないの?)
結婚をして、
でもそれって、どうやって作ればいいんだろう。
私はまず、選ばれるのだろうか?
私自身が、選ばれるのだろうか。
そう考えてしまったら、途端に怖くて。
怖くて……どうしたらいいのか、わからなくなってしまったのだった。
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