第56話
大体の人は軽傷者らしく相部屋が多かったのは、私もここに来るまで見ていた。
彼らは教会を出た後神父様やドーソン医師の手を借りて再就職を決めるのだと言っていたし、これからの苦労もあると。
パル兄様がいたからか、必死に今の窮状を訴えたり教会がいかに手が足りていないのか、恩を返したくてもその方法が探せないことを嘆く声を聞かせてくれた。
正直、今の私には何もできないのが歯がゆいし、前世の記憶があってもなんにも今のところ役に立ってはいないことが悔しい。
「兄様」
「……こりゃひでえな」
そこは、個室だった。
重傷者たちは狭いながらもそこから病が広がらないようになのか、他に理由があるのか……とにかく個室を与えられているようだ。
とはいえベッド一つでほぼ一杯な程の狭い部屋に、明かりを取り入れるためだけの小さな窓、壁にはランタンが掛けられている。
冷遇されているとは思わない。
だけれど、ここはまるで死を待つ部屋のようだと思ってしまった。
でもそうかもしれない。
大きな病院があるわけでもない、身内がいるわけでもない重症の人たちが最後に行き着く場所なのだ。
教会で受けられる治療なんて、限りがあって当然なのだ。
(違う、今はそれを考えてる場合じゃない)
胸が苦しくなったけど、私は慌ててその考えを頭の隅に追いやった。
今じゃない。
それは城に戻ってから、他の兄様やシズエ先生たちにも知恵をもらって、それから考えればいい。
「……この人だ」
そこに眠るのは、首に包帯を巻いた女性だ。
随分と痩せ細っているが、ユベールと同じ髪色をした綺麗な女性だった。
キラキラとした魔力が、包帯にごと喉を包みこんでいる。
「シスター・ルーレ。この女性は」
「あ、は、はい。数ヶ月程前に他の教会からこちらに移ってきた女性です。そちらの教会では火災があったものですから……身元はここから馬車で半日ほどのところの農場主のところで奴隷として働いていた女性とのことです。二年ほど前、強盗に狙われて農場主は死亡しておりましたが、彼女は瀕死の状態で定期巡回の警備隊によって発見されたのです」
「……外傷は喉だけか?」
「はい。……不思議なことに、致命傷でもおかしくなかった傷だというのに彼女は生きています。ですが、生きているだけなのです。発見してから今日まで、目覚めることはおろか食事も……水分も取っていないのに生きているのですから……神の奇跡でしょうか」
シスター・ルーレの言葉を聞きながら、私はジッとその女性を見つめていた。
話の内容からもこの女性がユベールのお母さんで間違いないと思う。
なによりあのキラキラしている魔力がそっくりだ。
それにしても不思議なことに、本来なら全身を巡る魔力が、喉だけに留まっている。
もしかしてユベールのお母さんは治癒魔法の使い手なのだろうか?
いや、それにしては私が使うのとは違うし……そうだったとしたら、もうとっくに傷は癒えていそうなくらい魔力の密度が濃いではないか。
「兄様待って」
「どうした?」
「い、いぬがいるよ。とっても大きいの」
「……犬、ですか?」
「えっ」
私の言葉に怪訝そうな顔をしたグノーシス。
それに対して驚いてしまった。
どういうことだ、私にしか見えていないのか。
パル兄様も私の言葉とグノーシスの反応を見てこちらへと戻る。
「犬が見えるんだな? ヴィルジニア」
「う、うん……兄様、は?」
「見えない。シスター・ルーレはどうだ」
「い、犬ですか? わたくしの目には何も……今朝も彼女の世話をしたのはわたくしですが、その際も動物の気配などはなにもなく」
そんな。
じゃあ、私にしか見えないあの犬はなんだ?
可能性として考えられるのは精霊だが、それとは全く違うもののように思える。
あれは触れてはいけない、そんな感じがするのだ。上手く言えないが。
「出直すか」
「それがよろしいかと。オルクス=オーランド殿下のご意見も伺うべきかと」
パル兄様とグノーシスの会話を聞きながら、私はぎゅっと手を握りしめた。
ここまで来て、という気持ちがとても強い。
あの犬をどかさないといけないのだろうと本能ではわかる。
ではあの犬はなんだ?
精霊ではない……と思う。
(オルクス兄様がいたら、兄様の精霊たちが教えてくれたのかなあ)
精霊は気まぐれだ。
そこらにいるといえばいるし、気分がのらなければ姿だって見せはしない。
オルクス兄様の傍にいれば私も彼らに構ってもらえるけれど、彼らはオルクス兄様の近くにいると居心地がいいからいるのであって、私のところには普段は現れないのだ。
(うう……中途半端な才能め!)
でもないよりはましなのでいつだって神様には感謝してるけど!
この世界に転生できたことも、兄たちの妹になれたことも嬉しかったから毎日ちゃんとお祈りしてるんだよ、偉いだろ!!
そんな風に悔しく思っていると、突然犬が起き上がったではないか。
しかもこっちに向かってくるではないか。
あれっと思った時にはもう遅い。
犬が飛びかかってきて、私は思わず防御の魔方陣を発動させたのだった。
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