第50話

「まあ、まずは役所関係で探させるしかありませんね。強盗事件という点と農場主の名前、それから奴隷の女性クララ。これで調べるしかない」


「……本来であれば少年を伴い、信頼できる誰かに任せて調査させるのが一番だろう。だが、あの状態ではそれも厳しい、と思う。お前は無理をさせたくないんだろう? ヴィルジニア」


「うん」


 あんなに震えていたユベールを、優しくしてくれたという農場主さんが殺された現場に連れて行けなんて……それが合理的だとわかっていても、私はいやだった。

 兄様たちはそれを理解した上で、こうして今話してくれているのだ。


(私がわがままなのかな)


 皇女として判断するなら、ユベールに『がんばれ』って言って行ってもらうべきなんだと思う。

 でもここまで必死に逃げてきた彼を、今も話すだけで精一杯だったユベールを、私は守るって約束したんだ。


「……それに、あの子の母親は死んでいるかもしれない。それどころか再度奴隷で売られている可能性も否めない」


「……」


「そうなった時、あの子供の心は壊れてしまうかもしれません、兄上。だから連れてはいけないでしょう」


「そう、だな」


 オルクス兄様の言葉に、私はただぎゅっと自分の手を握るしかできなかった。

 本来五歳児が耳にするにはかなりショッキングな内容だ。

 正直なところ前世の記憶があっても相当な話だと思っているくらいなので、ヴェル兄様が言い淀むのも理解できる。


 でも、私自身が『シエルを守る』と公言していたのだ。

 それを受けて父様も兄様たちも、理解を示してくれた。

 のけ者にしたり、小さな子供だからと隠すことなく見せてくれた。


 私を、一人の人間として扱ってくれている。

 多分この会話だって、兄様たちだけだったらこんなにたくさん説明なんていらなくて、もっと話をポンポン進められたと思うんだ。


(全部、私に説明するためのものだった)


 それでもその言い回しは幼女にちょっと難しいからな?

 ってツッコみたい気持ちはあるものの、兄様たちの優しさがすごく嬉しい。


「……まあ、私が調査に行くのが無難かと。元より南方には視察の予定が入っています。その傍らで調べる分には、ウェールス殿たちの目も一時的に誤魔化せるのではないかと……」


「ふむ。精霊たちの声を聞けば、多少は何かわかるかもしれないか……」


「さすがに時間を操る精霊はそこらにはいませんし、精霊たちが人間のくらしを気にかけているとは思えないのであまり期待はできませんが。あの少年があれほどの魔力を有していたのなら、その母親も魔力が大きかった可能性はあります。珍しさから精霊たちが気にかけていたという可能性は少しあります」


「まりょく……」


 ハッとする。

 私のこの『魔力が見える』ことは役に立たないだろうか?

 シエル……もといユベールがこの王城に現れてまだ数ヶ月、現場さえわかれば何かがわかるかもしれない。


 アル兄様たちが言っていたようにこの能力は大したものじゃないかもしれないけど、強い魔力の人はその持ち物に残っていることもあるし、もっとしっかり練習したら何かできるかもしれない!

 こんな局所的な使い道しかないのかと思うとやっぱり使いどころわかんないな!?


 でも役に立てそうだと思ったら、そこでまごついてちゃいけない気がする。


「兄様! 私も南の視察についていく!」


「兄上が面白そうだから連れて行きたいが、父上が良しとしないだろうから却下だ」


「ええー!?」


 声を上げた私にとんでもない理由で賛成しつつ真っ当に断るオルクス兄様は、やっぱり空気読めない詐欺だと思うんだよね!!


 でも私だってここは引けないのだ。

 だってもしもユベールのお母さんが生きていたなら?

 私の能力で、救い出すための一端を担えるかも知れないのに?


 勿論私は自分が転生者だからってチートがないことも前世ですごい人じゃないことも理解して、その上五歳児なので身体能力も低めだということをちゃんとわかった上で言っているのだ。


「……じゃあ父様を説得したらいい?」


「ああ、いいぞ」


「いいぞじゃない! オルクス!!」


「兄上はついてこられないので残念ですねえ。まあヴィルジニアを危険な目に遭わせたくはありませんから……ここは父上を応援しておくとしましょうか」


 くそう! 成功しないと思われているな!!

 ふふん、しかし私をただの五歳児と侮ってもらっちゃあ困るんですよ。


 前世の記憶からこれでもかってくらい、あざとい仕草を思い出して実践してやるからなあ!!

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