第49話

 ヴェル兄様は執務室に着くと近くの侍女さんにお茶とお茶菓子を言いつけて、文官さんたちを下げさせた。

 程なくして侍女さんが何故かてんこ盛りのお菓子の山を私の前に置いていったんだが……あのね、兄よ。


 食事前にこんなにおやつを与えたって知れたらそれはそれで城の侍女頭ヴァネッサさん(怒ると超怖い)がやってきますよ……。

 私もデリアも叱られちゃうよ! 歯磨きが入念になっちゃうよ!!


 とはいえ美味しいものには罪はないので、ほどほどにいただくことにしよう。


「さて、人払いは済んでいるが魔国の客人らのこともあるからな。オルクス、精霊たちの様子は?」


「今のところあの方々に不審なところは見受けられませんね。ただ、ウェールス殿は何かを探っているようにも思うので気をつけるべきでしょう」


「……ふむ」


 ヴェル兄様が私を見て、目を泳がせる。

 大体言いにくい時、そう……私にとってよくない話をする時、兄様はめっちゃくちゃ怖い顔をするかこうして目を右往左往させるかのどっちかだ。

 ちなみに初対面の時は覚悟が決まりきらないままに会っちゃったものだからとりあえず話さなきゃいけないっていうよくわからない覚悟を決めた結果があの恐ろしい表情だったそうだ。


 普通の子供が泣くレベルで怖いお顔だったからね……!?


 まあそれはともかく、兄様は何かを『言わなくちゃならない』と思って私を個々に連れて来たのだろうと思う。

 それはわかっているけど、それを告げるのはどうしようかなあという心配が先に来てなかなか言い出せずに私の口元にお菓子をぐいぐい押し付けてくる長兄、本当にポンコツだなあ。


「兄上、話をする前にヴィルジニアの頬がリスのようになってしまいます」


 下手に口を開くと次から次にお菓子が押し込まれるので何も言えずに遠い目をし始めた私を見て、とうとう堪えられなかったのか小さく吹き出したオルクス兄様が助け船を出してくれた。

 もっと早く出してくれ。


「む……いや、ヴィルジニアは確かにリスのように愛らしい見た目をしているがどちらかというと同じ齧歯目げっしもくでも絹毛鼠ハムスターではないか?」


 兄よ、そういう問題ではないのです。

 齧歯目に拘るんじゃありません。いや可愛いけども。


 兄様たちは絶対に今、私のほっぺたを見て言っているってわかってんだからな!?


「それで兄様、お話はなあに?」


 できるだけヴェル兄様に直撃するような態度と言えばあざとく上目使いだろうか。

 兄様は何気に甘えられるのが好きなのだ。

 若干、このあざとい行動に自分でもどうかと思うと理性が訴えかけるが、話が進まない方が困るじゃん。


 まさしく効果を発揮した私のこの渾身のおねだりに兄様はぐっと顔を顰めて、大きなため息を吐き出した。


「……あまり楽しくない話だし、幼いお前に聞かせるのは少しばかり抵抗がある」


「これが弟たちだったらはっきり言うでしょうに、兄上はヴィルジニアに少々甘すぎませんか? この子だって皇女ですし、なにより大人顔負けに賢いです」


「……それは否定できないが」


 否定しろよ。

 オルクス兄様が良識人だと思ったけどこの人もフィルターかかってんな!


 どうしよう未来の私、かなり妙な期待をかけられているかもしれないけどごめんね!!


「あの少年の母親が魔国の出身かどうか、まずはそれを確かめなければならない。南方の土地とはいえ、あちらは酪農地帯。名前がわかっているとはいえ平民には良くある名だ。多くの酪農家がいる以上、探すのは困難かもしれん」


 そうだ、平民の農場主が奴隷共々殺された。

 そこにいた奴隷の女が生んだ子供は行方知れず。


 これだけ聞けば、大抵の人が強盗が惜しいって大人を殺害、子供は拐かされどこかに売られてしまった……と考えることの方が多いだろう。

 そして農場は農場主の親戚が受け継ぐか、あるいは売りに出されて痕跡が消えてしまうのだ。


「大々的に兵を動かせば探すことは容易いが、そうなればもし魔国が本当に関与しているのであれば今来ているあの二人がどのような行動をするか……それによっては国際問題所か、戦争だってあり得る」


「せんそう……」


 あまりにも実感のわかないその言葉に、私はただ呆然と兄様を見るしかできなかった。

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