第48話

 話すだけ話した後、静かに涙を流していたユベール。

 まだ十歳の男の子には、辛い話だと思うのだ。


 そしてまた眠ってしまった。

 泣きつかれたのか、それとも緊張の糸が切れたのか……。

 両方かもしれない。


「兄様……」


「今は寝かせといてあげよう。安心できるよう、また来てお上げ」


「はい」


 オルクス兄様が小さな声でそう言ってくれて、ほっとした。

 もう私がここを訪れてはいけないかと、少しだけ不安だったから。


(ユベールは、とっても辛かったのよね。……私に何ができるのかな)


 親代わりの農場主さんと、お母さんはユベールをたくさん愛してくれていたことは彼の話している内容でわかった。

 そんな大切な人たちを目の前で……なんて考えて、自分に置き換えて私はぞっとする。

 今こうして私のことを抱きしめてくれている兄様たちや、父様が誰かに襲われるだなんて!


 想像するだけでこんなにも怖いのに、ユベールはもっと……もっと、ずっと怖かったに違いない。

 あれだけ大人や犬の気配を恐れるのも、無理ない話だ。


 眠るユベールをベッドに残し廊下に出た私たちに、警護の騎士がぴしりと姿勢を正す。


「彼は眠っているが、目が覚めた気配がしたら誰か女官を呼び食事を持ってこさせろ。まだ接触はするな、入り口にワゴンで入れるだけにしてやれ」


「かしこまりました」


「それから、窓側も警備を強めろ。魔法に関する対策が甘い」


「は、はいっ」


 ヴェルジエット兄様の言葉に、騎士たちが顔を見合わせたけれど兄様はそれ以上話す気もないらしい。

 不意に私に手を伸ばしてきたので、思わずその手を見てから兄様の顔を見上げる。


「……まだ話がある。俺の執務室に来い」


「遠いからおてて繋ぐんじゃなくて抱っこがいいです」


「ぐっ……そ、そうだなそうしよう!」


 兄様が早口で答える時は嬉しい時だよね!!

 私が笑顔で両手をあげるとサッと抱き上げられるくらいヴェル兄様も抱っこが上手くなりました。


「うちの妹は兄の扱いに長けてますよね、本当に。末恐ろしいことだ」


「オルクス兄様?」


「なんでもないよ」


 いやいや聞こえてるからね?

 まったくもう、末っ子が甘えただけじゃないの。


「……あの少年の話を疑うわけじゃないが」


 そう、前置いてからヴェル兄様は私を見た。

 少し難しい顔をして、そしてふいっと目を逸らした。


「もう少し、確認をしなければならない。あの話では彼が暮らしていた土地はわかっても位置は不明だし、他にも確認しなければならないことがたくさんある」


「……うん」


「その間、あの少年を皇女であるヴィルジニアの傍に置いておくわけにはいかないし、当然客人の前にも出せない」


「うん」


「だから、その……」


 言い淀む兄様は、私に気を遣ってくれているらしい。

 あれこれと難しい話はあるのだろうけれど、ユベールが人の姿になった時点で異性ということもあるし、同じ部屋にいられないことは私も理解している。

 つっても五歳児だもんね、駄々をこねられると思われててもおかしくないよね!


「兄上は要約すると魔国との間で揉めることなくあの少年がうちの国民だから保護しているとして強く権利を訴えて守るから心配するなと言いたいんだ」


「オッ、オルクス!!」


「あーだーこーだ言ってますが、そうでしょう?」


「ぐぅ……」


 口をへの字に曲げてしまったヴェル兄様のその優しさに私は嬉しくなって、首元にぎゅうぎゅう抱きつくのだった。

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