第37話

 ウェールス様は、平民の出自でありながら魔国の宰相補佐官にまで上り詰めた努力の人だった。

 そしてその姿を見初めたクラリス様からのお言葉で二人は結婚に至ったそうなのだ。


 それだけならば魔国は実力でのし上がれる、いい話で終わったことだろう。


 ところがここで一つ、別の物語が生まれてしまった。

 二人の関係を周囲が祝福する中、クラリス様の弟君が義兄となる人物に興味を持った。

 それはいい。

 彼個人について知りたくなった弟君は身分を隠して、市井で暮らしていたウェールス様の妹さんに声をかけ、なんと恋に落ちたというのだ。


 その当時まだ二人は結婚しておらず、その式の頃に合わせてプロポーズするつもりだったと後にクラリス様は聞かされて弟君をぶん殴ったとかそういうどうでもいい情報を加えつつ、話は進む。


「……当時から、王位は弟が継ぐと決まっていました。それは魔力の質によるものですし、魔国にとって明かせぬ理由が他にもあるゆえ内容については明言できませんが、ご理解いただきたい」


「承知した」


「弟は、恋人となったわたくしたちの義妹であるクララとの婚姻だけを願っていましたが……当然、王族ですから」


 クラリス様はそう苦笑する。

 婚約者は定まっていなかったものの、当然弟君はそういう・・・・立場でもあったことから魔力を豊かに保有する、魔国でも有数の姫君たちが婚約者候補になっていた。

 それでもクララさんがよかった弟君は、クラリス様の結婚までの間に国王陛下や周囲の重鎮たちを説得して回っていたのだそうだ。


 でもいくら秘密にしようとも、秘密はいつかバレてしまうもの。

 ウェールス様自身もやっかみを受ける側の立場であったことから、クララ様には護衛をつけていたにも関わらず攫われてしまったというのだ。


 彼女の生死がわかるまで、弟君は決して結婚しないと決めた。

 本来ならば王位も継ぎたくない。自身にはその資格がない。

 そんなことまで言い始めたというのだ。


(それはそれで無責任じゃない?)


 他人事なのでそんなことを思ってしまった。


 まあ初めのうちは誰もが理解を示して同情したし、捜索だってしたのだという。

 ところが当たり前と言えば当たり前なのだけれど、月日が経つにつれて諦めムードは強まり、そして十年経過した今、魔国の王が体調を崩してしまったが為に国内で揉めているのだ。


 王位を継ぐのは弟君。それは変わらない。

 だけれどたとえ純愛を貫こうがなんだろうがそこは構わないが、王の妃の座を空席のままにはできない。

 王妃の座を巡って、国内貴族たちが勝手に争い始めて混乱を始めたというではないか。


「そんな中で、私の元に一つの情報が入ったのです。十年前、クララを誘拐して帝国に借金奴隷として売り飛ばしたと……」


「借金奴隷か」


 ふんと父様は鼻で笑ったけど、不愉快そうだった。


 それはまあそうかもしれない。

 父様は皇帝としてあれこれ傲慢なところはあるけれど、基本は民想いで無実の女性がそんな権力争いに巻き込まれて売り飛ばされたと聞けばいい気分ではないのだろう。


(……奴隷制度とか、知らなかったな)


 おそらく前世で私が勉強したものと同じ部分もあれば違う部分もあるのだろうと思う。

 あとでシズエ先生に聞いてみなければ。


(でもなんにせよ、シエルは関係ない、かな……)


 クララさんか。

 その人が無事に見つかればいいのだけれど。


(いや、奴隷として売り飛ばされてなお故国に戻りたいかどうかもあるし、そもそもの安否もあるか)


 自分がその立場だったら?

 そう少しだけ考えてみたけど、私にはなんの答えも出せそうになかった。


「協力をしていただけるのであれば先ほどの魔道具だけではない! わたくしたち夫婦の息子をヴィルジニア=アリアノット皇女殿下の婿として送り出すこともやぶさかではない!!」


「ええ……」


 それは要らないかな!!

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