第36話

「もはや皇帝陛下はご存じでしょうが、我が国の国王は病に伏して長く」


 クラリス様がそっと目を伏せる。

 ああ、悲しんでいるんだなと思うとちょっとだけ胸が痛んだ。


「我が国は知っての通り豊富な魔素と、それに影響を受けた魔法を主に使う人々が暮らしています。王は国を護るために護国のため魔力を使う……」


「ああ、知っている」


 父様がそっと頷いた。

 その声に思わず顔を上げると、父様は少しだけ寂しそうな顔をしていた。


 もしかしたら、魔国の王様と仲が良かったのだろうか。


「現在、国王の子はわたくしと弟の二人だけ。その弟の想い人が、帝国に……帝国に、奴隷として売り飛ばされていたことが発覚したのです」


(ええええええ!?)


 大声を上げそうになったがなんとか耐えた。

 というか精霊さんが私の口を塞いでくれたんだけどね!


 パッと見たらオルクス兄様が唇に人差し指を当ててた。いろっぺえ。

 カルカラ兄様はシアニル兄様に口を塞がれていた。鼻も塞がれているので別の意味でやばそうだ。


「帝国が関与しているという疑いを持っているわけではございません。だからこそこのように恥ずかしき話をするのです」


 ウェールス様がクラリス様の言葉を遮るように補った。

 でも私の目には見えている。


 パチパチと爆ぜるように、クラリス様から抑えきれない魔力の迸りが。

 怒りを抑えているのだろうか、それとも機を狙っているのだろうか。


 父様は、微動だにしない。


「魔国に奴隷制度はございません。ですが、帝国にはある……彼女の身柄をすぐにでも見つけなければ、両国の関係は……ッ!」


 クラリス様の魔力が、集まるのが見えた。

 兄様たちの雰囲気もだんだん厳しいものになる中で、父様だけは何も変わらない。


 ただどこか冷めた目でクラリス様を見ていた。


「……父様」


「ん? おお、どうしたニア。飽きたか?」


 いやこの状況でそんな質問する?

 明らかに返答間違ってるよ父様!


「……ふむ、クラリス殿、ウェールス殿。貴殿らの言う女性について我らは何も関与しておらんと思うが国内の捜索について許可は出そう。ただし帝国民に危害を与えるようなことがあれば、貴殿らも捕縛対象となることは心得よ」


「感謝いたします」


「事情を明かす気があるならば、聞いてやるが?」


「ありがたく」


 確かに奴隷制度がうちの国にあるからって、魔国の女性に関して国が率先して奴隷として買った……なんて疑われてはいい気はしない。

 だから堂々と捜索してくれるのは構わないけど、制度として認めている以上そこに妙なつっかかりをされて国民に迷惑がかかるのも困る。


(というか取り引きするならもっと上手くやればいいのに)


 まだよくわかっていない私ですらそう思うのだから、きっと多くの人がそう思っているんじゃなかろうか?

 おそらくクラリス様が一番発言権があるのに、カッカしているからだと思うんだけど……。


「それでは、お恥ずかしながら説明をさせていただきたく思います」


 というかこれ、私ここにいていいのかな?

 ウェールス様が語ったのは、そう思う内容だった。

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