第26話
「ニア」
「父様?」
「なんだか最近悩んでいるようだが、ヴェルジエットとオルクスのせいかな?」
「……いいえ、違います」
ものすごい晴れやか笑顔でそんなことを聞いてくる父様に、背中がヒヤリとする。
ここで私が『そうだ』と頷いたら兄二人がどんな目に遭うことか!
さすがに息子を盛大に罰して皇室から放り出すなんてことはしないだろうけど、それでも容赦がなさそうで恐ろしい。
「私は、父様と母様に似ていないなって」
そう……それも私に対してあまり好意的でない人がいる理由だ。
後ろ盾がないから言いたい放題にしたって、幼女に対してヒドイでしょ?
でも、私の母は絵姿で見た限り、私よりも少し明るい髪色に鮮やかな緑の目をしていた。
父様は言わずもがな、黒髪に金色の目だ。
ヴェルジエット=ライナス兄様が一番父様に似ていて、他の兄たちはどこかしら母である妃たちに似ているという。
じゃあ、私は?
そうなるよね。
父親似も、母親にも似ていない。
さすがに亡くなった母が浮気をしていたとかそういうわけではないのだが、もはや祖父母がいない母方の生家について私が知る方法もないし。
こうなると皇帝に溺愛されて、兄たちに割と大切にされていることを前面に押し出さないと婚約者選びは難航してしまうのでは……? と思う反面、あの美形兄たちを前に私が霞んでしまうから地位と名誉以外見てもらえないのでは? という現実にぶち当たっているのである。
私は、皇女としての役割を求められていることを理解した上で、お互いを思いやれる人を婚約者に迎えて平穏な家庭を築きたいのだ。
(……それって欲張りなのかなあ)
せめて父譲りの金色の目であったならとか思ってしまうのだ。
皇帝の色を持つ末娘ならば、きっと嫁ぎ先でも『あの皇帝の』っていう影響が見えるだろうし。
色味が見事に地味だから、別の意味で溶け込んでいけるとは思うけども。
でも顔は整っている方だと思うんだよ! うん!!
まだ五歳だからこの後どのくらい身長が伸びるのかとか、お胸がおっきくなるとかその辺はわかりませんけどね。
母の絵姿を見る限りは期待してもいいんじゃなかろうか?
よし、牛乳飲もう(決意)。
「ニアは確かに色彩こそ余にも妃にも似ておらんが、確かに余の愛しい娘。誰かに何か言われたか? 罰しようか?」
「いえ、大丈夫! 父様が可愛いって言ってくれるから大丈夫です!!」
「おお、なんと愛らしいことか。勿論だとも、余の可愛いニア! お前がこの世界で一番可愛く、愛しい存在だよ」
「あ、ありがとう父様……」
父様の溺愛がだめ方向に相変わらずぶっちぎっているが、私は中身が中身なのでそれを甘んじて受け入れる我が儘姫ではない。
良識に従って行動しないとどんなことになるのか怖いからこそ回避しまくっているのだけれど、そのおかげで一部の偉い人たちからはとても高い評価を受けているらしい。
デリアが教えてくれた。
特に宰相とか、騎士団長が喜んでるんだってさ。
私がいつまでも部屋に居座られたくなくて「父様がお仕事頑張れるように応援してます!」って言ったら本当にお仕事バリバリ頑張ったらしくてね……。
お礼に高級なお菓子が届いたけど、なんか罪悪感を覚えたよ。
「私もいつか素敵な花嫁さんになれるかな?」
「うん? そうだな。ヴィルジニアには良い相手を見つけてあげよう。約束だ」
「えっ」
「まあ大きくなるまでは何も考えなくていい。余がお前を幸せにする」
「あ、ありがとう……」
しまった、やってしまった。
思わず零しただけの小さな言葉だったんだけど、父はしっかり聞いていたようだ。
ただまあ幸いにも父も今すぐに私の婚約者を決めようとは思っていないようで、そこだけは一安心。
(そういえばヴェルジエット=ライナス兄様にも希望を伝えたんだっけか)
あれは希望を伝えたっていうか、正直なところ兄様たちに対して他の兄様を褒めるあてこすりだったっていうか。
まあ兄様たちの良いところをブレンドしたハイパースパダリ連れてこられるもんなら連れてきてみせろとか挑戦的なことを思ってしまった部分は大きい。
なんとも生意気だな、私。
まああの時は頭に血が上ってたんだよ……。
(いつまでも拗ねてたら、本当にただの子供だもんね)
ここは一つ、私が大人になって謝りに行こうじゃないか!
いや五歳だから子供ですけどね!!
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