第16話
カルカラ兄様は、本当に明るくていい人だった。
私を誘ってくれたのはアル兄様から話を聞いたからだそうだ。
「……なあヴィルジニア、お前は小さくてまだわからないと思うけど」
「うん?」
「もし、俺たちの母親を頼りたいなら……その、俺の母上は頼れないんだ。アル兄上の母上もそうだと思う。他の妃殿下に頼るのも、あまり……よく思われないかもしれない」
「どうして?」
幼子が母親の愛を求める、ということなら割と悪くない話だと思うんだが。
愛情は微妙でも、可哀想な幼女に優しくするお母さんってのは周囲からの評価も高いのでは?
そう思ったけど、物事はやっぱりそこそこドロドロしているらしい。
カルカラ兄様いわく、正妃は公正だけどそれだけに誰かに肩入れはしない。
第三妃は外交を担当しているらしくとても忙しい。
第二妃は第五妃の件もあるので、アル兄様と親しくする私のことは好まないだろうとのこと。
第四妃、つまりカルカラ兄様のお母様は権力争いから遠ざかりたいので、他の妃たちに目をつけられないように細々と暮らしているのだそうだ。
そして第五妃、アル兄様のお母様は出産後から引きこもっておられるとのこと。
第六妃は……シアニル兄様と同じようなタイプらしい。うん。
「俺は六番目だし、王位とかは元々興味はない。母上の出自も属国の、小さな国だしな」
「どんな国?」
「海に面しているんだ。母上は人魚族でね」
「にんぎょ」
「そうだよ。だから俺にもその力が受け継がれていたらもっと違ったかも知れないけど……俺は中途半端だから」
どうやらカルカラ兄様は、父の強い魔力と母の人魚としての形質を受け継いでくれるのを望まれていたようだけど、そうはいかなかったらしい。
まあ子供は天からの授かり物だもの、なんでも上手く行くはずないのにね?
(勝手に期待して、勝手に落胆されたんだ)
それはまるで、前世の両親のようだ。
そう思ったらズキリと胸が痛んだ。
「父上はそんなものは気にしなくていい、好きに生きる道を探せと言ってくれたから……俺は騎士になろうかと思って」
「そっか」
少しだけ、ホッとした。
父が、前世の父のように我が子をゴミを見るかのような目で見ていたのではと思ってしまったことに反省する。
「ごめんな、ヴィルジニア」
「え?」
「俺は、他の兄上たちに比べると弱いから……お前を守ってやれる兄ではないと思うんだ。何をやっても中途半端だからさ」
困ったように笑うのは、悲しい気持ちを誤魔化すためなのだろうか。
さっきまでお日様のように笑っていた兄を見て、私は思わず手を伸ばしていた。
「ヴィルジニア?」
「じゃあ、兄様は私と一緒ね」
「一緒?」
「うん。私も魔力があんまりないの」
そうだ。
父の唯一の娘であり、母親の命と引き換えに生まれておきながら私はひっそりとした魔力しかない。
後ろ盾も父だけだし、父の愛情がなければこの皇宮で生きていくことすら難しいのではなかろうか?
まあさすがに幼女を見殺しにはせんだろうけど。
「カルカラ兄様は、ヴィルジニアと一緒」
「一緒……そうか、な?」
「頑張る兄様を応援する。だから、兄様は頑張る私を応援して」
「……ヴィルジニア」
キョトンとしたその顔は、まだどこかあどけない。
当然だ。青い髪に、空色の目をした私の兄様はまだ十六歳だもの。
「そうしたら、ご褒美に、兄様が笑顔で褒めて?」
「……ああ、いいよ」
私の言葉に困惑しながら、頷く兄様は優しい。
アル兄様もそうだけれど、私の兄は優しいんだなと思った。
そう考えたら、シアニル兄様も私に触れるあの手はとても優しかった。
抱き挙げてくれた時も、頭を撫でてくれた時も。
よくよく考えたら、パル=メラ兄様だってアル兄様に対しては辛辣だったのかも知れないけれど、私に対しては何一つ言ってこなかった。
「カルカラ兄様」
「うん?」
「抱っこ!」
「えっ、ええっ!?」
でも今日はもう疲れちゃったから、幼女は褒められていいと思うのです。
そう主張する私にカルカラ兄様はこわごわと、それでも要望に応えるためにそっと抱き上げてくれたのだった。
よきかなよきかな。
(でも、見えてきたぞ?)
兄たちは基本的に仲が悪いわけじゃない。
ただ、お互いの母親と、その派閥を気にしてあれこれ行動しているんだろう。
だとすればやはりキーパーソンは二人。
父と、長兄だ。
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