第6話 独白
全の発言に、皆が衝撃を受けた。
糾弾の末、姉妹の芯の強さにより和解に落ち着くものだと、誰もが思っていた。しかし、全が口にしたのは、結局己を罰するものだった。
「な……っ、何でだよ!? せっかく、この2人が歩み寄ろうとしてるってのに! お前、それを無駄にするのか!?」
「単純で情けないと思ってる。でも、分かってしまったんだ」
全は悲しげに笑うと、姉妹の方を見た。
「ただ、きみたちに言われた言葉が……ずっと、欲しかっただけなんだって」
――それは、全より後に生まれた彼女らも、心の奥底で欲していた言葉。亜希もゆきも、切なげな顔で己の一生を思い返した。
「ずっと、生まれたことを否定され続けてきた。つき纏う化け猫は絶えず俺を罵り、嫌がらせのように、完全記憶能力とかいうやつを俺に植えつけた。だから、全部覚えてる……」
全は、自身の顔を両手で覆った。
「生まれた瞬間、母親から拒絶される精神的苦痛。首が座っていない体に、拳を振り下ろされる痛み。床に投げつけられる痛み。両親から捨てられる悲しみ。新しい両親に、殴られ、蹴られ、刺される痛み。臓器がただれる感覚……」
壮絶な経験の羅列。しかし、あまりに非現実的で、共感できる者は誰1人としていなかった。
「そんな中でも、希望はあった。でも……俺は、彼女の隣に立つことができなかった」
地に倒れる百合花を一瞥し、全は遠い記憶を思い浮かべた。
卒業式で、ファーストキスをした後。家に帰るや否や、待ち構えていた義父に、殴り倒された。
『ねぇ。アンタ、何回刺せば死ぬの?』
倒れ込む全に、義母が包丁を突き刺した。
『あ"……ッ、が……!!』
『ねぇ。何の意味もなさない肉の塊になるまで刺し続けたら、もう蘇らない? 私たちを解放してくれる?』
何度も振りかざされる包丁。血が噴き出し、床が赤く染まっても、凶刃は止まらなかった。
義父が全を蹴って、仰向けにする。義母は、全の上に馬乗りになると、彼の前髪を払う。露わになった金色の目に、嫌悪感を剥き出しにした。
『忌々しい、この、ギラギラ光る目! 化け物め!』
『ぎゃあああああああああああああああああ!!』
全の右目に、包丁が降り落とされた。壮絶な痛みに、断末魔の叫び声が出た。
『化け物、化け物! 死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!』
振り下ろされる包丁、繰り返される呪詛。
噴き出す血、耐え難い苦痛。
――何故、ここまでされなければならないのか。全の心に、怒りの炎が宿った。
ただ、化け猫をその身に宿して生まれてきただけ。何も悪いことはしていない。
それなのに、殴られ、蹴られ、刺され、罵られ――。トドメには、胎の中にいた時のあたたかい記憶が、「両親に愛されたい」という、叶わぬ願望を抱かせた。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死……』
全が、義母の手首を掴んだ。
『お前らが死ね!!』
『ぎゃあああああああああああ!?』
全の爪が、長く鋭利に変化する。そのまま、義母の左目に突き刺した――。
「……俺は、両親を殺した。それを、彼女の父親に知られた。父親に危険分子と判断された俺は、どこかの廃ビルに封印された」
楽になりたい心のまま、全は独白する。脳裏に浮かぶのは、鉄鼠の酷薄な言葉。
『――仕様がなかろう。貴様は、死ぬことができぬのだから。……良いか、小僧。以前までは、貴様のことは大目に見ておった。……百合花には負担を掛けさせているゆえ。あの娘に、少しでも楽しい時間が出来たのなら、尊重すべきと思うた。友人程度ならば、あたたかく見守ることにしたのだ』
窓1枚を隔て、淡々と告げる鉄鼠。
『――然れど、貴様は一線を越えた。かと思えば、次は親を惨殺した。貴様のような者を、我が娘の傍に置けるものか』
『ふざけんな!!』
全は、ひび割れた壁に拳をぶつけた。激しい音が鳴り、コンクリートの壁に大きな窪みが出来た。
『あの子から聞いてるぞ! 害獣は貴様だクズ野郎!! それに……っ』
ギリ、と拳を握りしめ、息を吸う。
『俺のことを監視してたなら、知ってんだろ! 俺が、あいつらにどんな仕打ちを受けてきたかを! それでも、俺が全部悪いって言うのか!? 全部、全部俺のせいだと! なあ!? あいつらを殺したのが許されないことなら、俺は、どうすれば良かったんだよ!?』
じわりと滲む涙。零れ落ちそうになるのを耐えながら、全は〈ここにいない誰か〉に慨嘆する。鉄鼠は、氷のように冷たい眼差しを全に向けると、何の躊躇いもなく吐き捨てるのだった。
『しるきことなり。貴様は、生まれてきてはならぬ存在だった。それだけの事よ』
「――さっきはごめん。本当は、分かってたんだ。きみの言うとおりだ、って。人を殺し、好きな人まで傷つけた。こんな化け物は、生まれてくるべきじゃなかった」
倒れる水木を見下ろし、謝罪する全。水木は、複雑そうな顔で沈黙した。
「それを認めるのが嫌だった。苦しかった。この身体は、肉体的にも精神的にも元通りに戻ることができるけど、その時の痛みは、決して忘れることができない……だからもう、解放されたいんだ」
「あ"~ったく! イライラすんなぁ!」
ショウは全の元へ駆け寄ると、彼の胸倉を掴んだ。
「うだうだうるせぇ! お前それでも男か、情けねー! 亜希とゆきちゃんが、お前を受け入れてくれただろ! その恩人に、殺してくれなんて頼むな! お前が生まれたことで惨劇が起きたのを申し訳なく思ってるんなら、被害者の願いくらい叶えてやれよ!」
そう叱り飛ばすと、全の頭に頭突きを1つお見舞いする。
「死に逃げるな!」
厳しい表情で、ショウが叫ぶ。亜希が、はっと息を呑んだ。初めて彼と話した日――自殺を止められた時の記憶が、鮮明によみがえった。
「……残酷なことを言うね」
「っがは……!」
全が、背中の傷に爪を突き刺した。ショウはうめき声をあげ、その場に膝をついた。
「ほら。その程度の痛みで悶絶する。お前に俺の気持ちは分からないよ。俺の中には、そんなものよりよっぽど苛烈な痛みが、いくつも鮮明に刻み込まれている。お前は、それに耐えられるのか?」
「ッ……」
「……っお兄ちゃんは!」
何か言い返そうとするショウを遮り、ゆきが叫んだ。
「お兄ちゃんは、焼かれたことある?」
「1回だけ。ゆきちゃんも?」
こくん、と控えめに頷くゆき。
「そっか……」
「……どうして?」
「俺は、細切れにされたくらいじゃ死ねないんだ。ここに来る前、体の組織を滅茶苦茶にされても……死ねなかった」
ラブホテルでのことを思い出し、全はぶるりと身体を震わせた。
「でも、きみの力なら、さすがに俺でも死ねると思ったんだ」
そう言うと、藁に縋るような表情で、ゆきを見つめた。
「だから、どうか……俺を楽にしてくれ」
ゆきは口を閉ざし、俯いた。全は、目線を合わせたまま、救いの主の言葉を待った。ゆきの手が、ぎゅっと握られる。ふっくらとした唇は、緊張に震えている。
提示された残酷な選択肢。考えて考えて、揺れ動いて――その末に、ゆきはついに、決断した。
「…………わかった」
俯かせた顔を上げると、全に向かって白い両手をかざした――――。
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