第7話 再臨・惨

「ゆきちゃん!?」


 ショウは痛みも忘れ、ゆきの肩を掴んだ。


「何してんだ、ダメだよ!」

「だって! この人、すっごい苦しんでるんだよ!? わたしの力で救えるなら、それでいいじゃない!」

「だからって――――!」

「あのね、ショウさん」


 ゆきが、引きつった笑みを浮かべた。


「生きてるほうが辛いことも……あるんだよ」

「いいえ。間違っています、ゆき!」


 亜希が、ゆきの手を下げさせた。


「このままでは、水木先輩の言う通りですよ、兄さん! 本当に申し訳ないって思ってるんですか!? 罪を償う気持ちがあるのなら、私たちのために生きてください! 生きて、私たちに協力してください!」

「……協力?」


 気だるげに亜希の叱咤を聞いていた全だったが、「協力」という言葉に首を傾げる。


「この学校の怪異によれば、異常事態が起きてるんだとよ。その人……、園城さんが死んだのも、それが原因らしいんだけど。何が起きてるのか全然分かんねーんだよ」

「百合花ちゃんが死んだ、原因……」


 死への願望しかなかった全の心に、別の関心が沸き起こった。


「私たちもこの学校にいる以上、原因不明のに巻き込まれる可能性が、十二分にあるということです。危機を脱するためにも――」

「分かった、協力する」


 肯定して初めて、全は己の浅慮を自覚した。


「……そうだ。そうだよな。このまま死んだら、災厄を撒き散らしただけの化け物になるな、俺」


 彼の独り言に、亜希の顔が綻ぶ。全は1つ息を吐くと、口を開いた。


「俺は、その元凶であろう怪異を知ってる」

「え!?」


 驚くショウ。亜希も、目をぱちくりとさせた。


「百合花ちゃんが死んだことが異常事態の原因なら、それを引き起こしている怪異が元凶だろ。俺も、そいつに殺された」

「そ、そうだったんですね……」

「ほう。その怪異の特徴は?」


 からだが平常へと戻った水木が、興味津々で言った。


「部長!? 復活したのか!?」

「所詮は霊体だからね。このからだは、単なる仮初めさ。時間経過で勝手に治る」


 水木の説明に、ショウがあることに気づく。


「もしかして、半分以上が死んでんのか?」


 何気ない呟きに、皆微妙な顔になる。


「男性陣が生身で、女性陣が霊体だね。はっはっは」

「笑いごとではないです、水木先輩……」


 軽い調子で笑う水木に、亜希が苦言を呈した。


「それで? その怪異はどんな特徴だったのかね?」

「それは――」


 全が話そうとした、その時。



 ――あああああああああん。



 泣き声のような、喘ぎ声のような声が、すぐ近くで鳴った。一同が驚いていると、ゆきのすぐ傍に揺らめきが出現した。


「きゃあああああああああああああ!!」


 ゆきの悲鳴。彼女のからだが、陽炎へと吸い込まれ始めた。


 髪が、皮膚が、ブチブチと嫌な音を立ては千切れては、揺らめきに飲み込まれていく。


「い"だ、い"だい"いいいいい!! 引っ張られ……っ、あ"ああああああああああああ!」

「ゆきちゃん! ……っこの野郎!!」


 ショウが陽炎に飛び掛かり、包丁で揺らめきを攻撃する。――が、何の効果もなく、刃先は空を切るばかりだった。


「何で消えねー!? クソ、今まではこれで倒せたのに!」


 続けざまに、全が攻撃する。しかし、やはり爪は空を切るばかりで、無為に終わった。


「ッ……やっぱりこいつ、実体がないのか!」

「ああああ……、ゆき、ゆきーーっ!!」


 どれだけ陽炎を切り裂こうとも、陽炎は消えず、ゆきの体は引きちぎれていく。


「あ"あああああああああああああああああ!!」


 ブチブチ、ミチミチ。血管が、肉が、内臓が、強制的に体から引き剥がされる。頭部は半分になり、左肩は全て持っていかれた。


 骨が剥き出しになった腕が、支えを失ってボトリと地面に落ちる。


「ゆき……っ、いやああああああああああ!!」


 足元に落ちた腕に、亜希が悲鳴をあげた。ピクンピクンと、生きているかのように痙攣する腕も、陽炎へと吸い込まれていく。


「なんだ……、なんなんだ、この怪異は!?」


 亜希に寄り添う水木は、驚愕のまま立ち尽くすことしかできない。誰も何も対処できぬまま、ゆきの体は3分の1が失われた。


「おね、……ちゃ……、あ……、あああ……」


 弱りゆく、ゆきの声。


「ああああああ、うわああああああああ!!」

「やめとけ! いったん引こう!」


 半狂乱になりながら包丁を振り回すショウを、全が諌める。


「引けるかよ! てめぇふざけ――」


 全の手を払いのけた、その時。


〈はなれろ!!〉


「あ"あああああああああああああああああああああああ!?」


 背中の傷に激痛が走る。ショウは絶叫し、その場に倒れ込んだ。滑り落ちた包丁は、地面に落ちると同時に消失する。そして――。


 ――ブチン!!


 ゆきの心臓が、引き千切られた。赤い目が、ぐるんと上を向く。この時点で、左半身は完全に失われている。


 そこからはもう、一瞬だった。ゆきは、陽炎の中へと取り込まれていった。


「い……、いやああああああああああああ!!」


 目の前で、妹を消し去られた。絶叫する亜希。愕然とするショウと水木。全ただ1人だけが、明確な敵意を抱き陽炎を睨み付けた。


 陽炎が、大きく揺らめき始める。

 ゆらゆら、ゆらゆら。揺れ動きながら、少しずつ人の姿を形作っていき――。

 陽炎は、青い髪に金色の目をした人型へと、変化した。


 その場にいた全員が、美しい顔だと感じた。息を呑むほどに、見惚れるほどに……残酷なほどに。


「――どうして、どうして」


 悲しげな声で、美しい怪異は問う。すぐに、その顔がくしゃりと歪んだ。


「水が、ない……。ないんだ……。ゆりかなしで、ぼくは……っ、どうやって、存在すればいいの」

「は……?」


 意味不明な発言に、全が眉をひそめた。


「い……、……ち…………だ…………」


 ブツブツと、何かを呟き始める。


(何だ? どっかで聞いたことあるようなフレーズだ )


 既視感を覚えるショウ。怪異はすぐに、はっきりとその言葉を口にした。


「いのちをちょうだい」


 にやり、と、端正な唇が弧を描いた。


「ぎゃああああああああああああ!!」


 今度は、水木から悲鳴があがる。彼女もゆきと同様、かりそめのからだが引き剥がされ、水月に吸い込まれていた。


「部長……!」

「逃げろ!!」


 べりべりとからだを剥がされながら、水木は叫んだ。


「逃げて、対処法を……っ、あ"あああああああああああああ!!」

「でも……っ!」


 水木を助けようとするショウを、全が制止した。そして、吸い込まれゆく水木を見ると、短く言うのだった。


「無駄にしない」


 全はくるりと校舎へと走り始めた。


「ッ……、部長、ごめん!」


 水木は、辛そうにしながらも、半分になった顔に笑みを浮かべた。


「亜希、逃げ――」


 亜希も誘おうとして、ショウは硬直する。彼女は、ゆきを消されたショックで、呆然自失としていた。


「……ゆ、き……、……。……、」


 うつろな目で、妹のいた場所を見つめながら、ブツブツと何かを言っている。


 ――時間がない。ショウが手を引っ張ると、亜希は金切り声をあげた。


「い"やああああああああああああああああああ!! ゆきいいいいいいいーー!!」

「亜希!!」


 焦燥のまま、亜希の両頬を叩く。彼女の目が、正気を取り戻した。


「……あ、ショウくん……」

「逃げるぞ!!」


 亜希の手を引き、ショウは校舎内へと走り出す。水木のさいごを見届けることは、叶わなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る