第3話 壊れた母親の日記

「では、内容を皆に共有しよう」


 そう言うと、水木は思念を飛ばした。全員の頭に、日記の内容が映し出される。


「…………」


 あまりに凄惨な内容に、皆、青ざめた顔で絶句した――。


 19××年〇月


 なつきが、1人で、楽しそうに誰かとおはなししてた! ザシキワラシさんが出たのかな? この家には、ザシキワラシさんが何人もいるって言い伝えだけど、ママは見たことないや。よかったね、なつき!


 

 19××年〇月


 どうしよう、うちの息子天才すぎ。だって、ア〇パ〇マ〇の登場した全キャラクター言えちゃうし、遊んだオモチャと、遊んだ日まで、全部記憶してるって、すごすぎでしょ!  こんな平凡なパパとママから、天才が生まれるとは……。なつきよ、きみはパパとママの宝だ!


 19××年〇月


 今日は、いい天気! ぜっこーのお散歩日よりなのです! なつきと一緒に、ちかくをおさんぽ♪ 道のとちゅうで、弱ってるねこちゃんを発見。おかあさんねこは残念だったけど、こねこはまだ息があった!

 急いでびょういんに連れていったら、ぶじ、助かりました! いのちを助けられて、よかった! パパがねこちゃん苦手なのと、メイドさんにもネコアレルギーの人がいるから、うちじゃ飼えないけど、やさしい飼い主さんが見つかりますように!



 19××年〇月


 なんかきもちわるくて、病院に検査しに行ったら、なんと!  2人めができました! おんなのこかな、おとこのこかな? おにいちゃんになるよ、なつき。たのしみにしててね♪


 20××年、〇月


 病院に行ってきました。性別が判明しました! おとこのこだって。なら、この子の名前は、ハルキ。漢字は、春に生まれると書きます。春のおだやかなおひさまみたいに、あったかい子に育ちますように。




 20××年〇月


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


 20××年〇月


 その子の顔を見た瞬間、私に襲い掛かって来たのは、恐怖、そして嫌悪感。その子は、生まれてきた時から、目が開いていた。その目は、ギラギラと金色に光って、私を見ていた。そして、歯があった。

 しかも、獣みたいに、尖ってた。耳が、猫の耳を、そのまま人の位置につけたみたい。ふちが黒くて、内部はピンクだった。手足に、爪が生えていた。獣みたいに鋭かった。黒い産毛が、目立っていた。


 私は、化け物を産んでしまった。



 20××年〇月


 化け物を産んでから、子どもに愛情が注げなくなってしまった。あんなにかわいいと思っていた夏樹でさえも、化け物に見えてくる……。海貴さん(今淵の父)みたいに、夏樹を愛せない……。怖い。鬼のように、冷たくなっていく自分の心が、怖い。



 20××年〇月


 まだ、産んでから1か月も経ってないのに、化け物は這って移動をしている。化け物が、夏樹に接触した。触らないで! って、夏樹を化け物から引き離したのに、夏樹の顔まで、化け物に見えた。

 思わず、夏樹を投げ捨ててしまった。幸い、近くにいたメイドさんがキャッチしてくれたけど……。夏樹、ごめん。ごめんね。こんなママで、ごめんね……。



 20××年〇月


 私たちは、ついに決断をした。こんなこと、本当はしたくなかった。やさしい海貴さんを、鬼に変えてしまったのは、私だ。ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。


 20××年〇月


 ついに実行に移した。私の腕には、あの化け物の代わりに、ふつうの赤ちゃんが抱かれている。ごめんなさい。権力を利用して、あの化け物を押し付けてしまって、ごめんなさい。



 20××年〇月


 あの化け物から、解放された。それなのに、何故。愛せない。どうしても、愛せないの……。



 20××年〇月


 もう、何もかもが、おぞましく感じる。道行く人も、引き取った赤ちゃんも、メイドたちも、夏樹や海貴さんさえ。私は、呪われてしまったのだろうか。あの化け物を捨てたから。いや、産んでしまったから。



 ……(中略)



 20××年〇月


 嘘。嘘嘘嘘嘘嘘嘘。何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で



 20××年〇月


 違う。断じて違う。私、浮気なんてしてない。というか、性行為自体、ここ数年してない。だって、そんな気力ないもの。部屋に閉じこもってばかりの生活で、どうしてできるっていうのよ。海貴さんだって、案じてくれたから、求めなかったでしょう?


 私、してない。断じて、してない。それなのに、どうして。何で、何で私、妊娠してるの?


 20××年〇月


 迷わず堕ろそうとした。でも、そのことを考えるたびに、胎の中にいるモノは、私の身体を攻撃した。痛い。苦しい。辛い。気持ち悪い。お願い、消えて。生まれてこないで。あなたは誰なの?



 20××年〇月


 海貴さんが、私の潔白を信じてくれた。……でも、やっぱり彼が煩わしく思えて仕方がない。こんなに優しくしてくれているのに、どうして。どうしてなの。腹は、大きくなるばかり。

 ああ、忌まわしい! 自分の腹を殴ったら、猛烈な吐き気に襲われて、今日は1日中、トイレで過ごした。



 20××年〇月


 アレよりは、マシだった。人間の容姿に近かった。けど、目は同じ。アレみたいに、ギラギラと金色に光ってた。お医者さんもびっくりしてた。私の遺伝子しかない、こんなことがあり得るのかと。夢じゃないかって疑ってた。もう、無理。捨てよう……。


 20××年 〇月


 捨てても捨てても、戻ってくる。金色の目をしたソレは、私のもとに帰ってくる。猫は家に懐くというけど、あの化け物みたいに、家を提供しないとダメだというのか。

 また、あの非道な行いをしなければならないのか。霧崎さんの悲痛な叫び声が、未だに耳に残ってる。化け物の犠牲になる家庭を増やすのは、もうたくさんだ……。



 20××年〇月


 もうずっと、この部屋に閉じこもっていよう。食事は、メイドさんたちに頼んで、決まった時間にドアの前に置いてもらおう。もう、誰とも関わりたくない。鍵をかけていれば、あの化け物は入って来ないはず。



(ラクガキや、意味のない文字が綴られている)



 20××年〇月


 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘


 20××年〇月


 また、妊娠した。私、セックスしてない。部屋から出てない。誰とも関わってない。私の身体は、一体どうしてしまったのだろう。また、あの化け物みたいに、堕ろそうと考えると攻撃してくる。もう、嫌。もう嫌だ……。



 20××年〇月



(支離滅裂な言葉の羅列)




 20××年〇月


(解読不能な文字)




 20××年〇月


 わあ、白い。白いね。真っ白だ。





 20××年〇月


 い 




     ま


      ま


     で   


       


       あ


        り 


        が


         と


          


         う(血痕がこびりついている)




「分かっただろう。すべては、お前が生まれてきたがために起きた惨劇だ」


 そう言って、水木は全に包丁を突きつける。


「お前さえ生まれてこなければ、今淵は幸福な家庭だった。お前は、今淵夫妻の子への愛情を奪い去り、家庭からぬくもりを消した。座敷童子を恐れさせ、あの館から追い出した。霧崎――、私の実親を、不幸のどん底に陥れた」


 水木の包丁を持つ手が、怒りで震える。


「私は幸い、お義父さんの計らいで、逃げ出すことができたが……。座敷童子が去った後の、今淵の者たちが、どうなったと思う? 亜希は酷いイジメを受け、挙句の果てには殺された。その下に妹がいたのは驚きだったが――」


 水木がゆきを一瞥する。ゆきは警戒するように肩を縮こませた。


「父親の日記を併せ見るに、悲惨な生涯だったことだろう。夏樹さんは、そのような家庭環境で、相当苦労しただろうな。あの性格だったし。そして、夏樹さんも壊れた」


「壊れた夏樹さんは、ショウに牙をむいた。ショウは、“消える家族”の殺人鬼と化した。“消える家族”は、多大な犠牲者を出した。クニオ……、私の大切な後輩も、犠牲になった。――そして、その惨劇は巡り巡って、私に降りかかった。私は、殺人鬼となったショウに、殺された」


 知る由もなかった惨劇の連鎖。ショウは口元を抑え、呆然と立ち尽くした。


「理解したか? お前の存在が、どれほどの人間を不幸にしたか。お前という存在が生まれてきたがために、どれほどの人間が犠牲になったのか……」


 水木の問いに、全は頭を抱えたまま、何も答えない。


「さあ、這いつくばれ!  頭を垂れろ! 生まれてきてしまったことを、大声で嘆くがいい! 私たちへ――、犠牲となった者たちへ、心の底から懺悔しろ!!」


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