第2話 隔てられた春
櫛通りの良さそうな黒髪に、猫のような金色の目。引き締まった顔だち――――。蘇った男は、亜希と瓜二つだった。
「え、私ですか? あの、一体何が……」
名を呼ばれた亜希が、困惑しながらショウの手を退ける。そうして、目にした。己と同じ顔をした、見知らぬ男の姿を――。
「嘘……。わた、し……?」
「――――」
驚愕する亜希。全は、すべて理解したかのように――そして、諦めたように、目を閉じた。
「――これで役者は揃った
ふいに、大人びた女の声が鳴る。声の主の方を見たショウと亜希が、目を見開いた。
「水木部長!?」
「それに……ゆき!?」
昇降口から姿を現したのは、オカルト研究部部長の水木あゆみ。その後ろには、不安げな顔をしたゆきが、隠れるように立っていた。
「さて。本題に入る前に、少し私怨を晴らさせてもらおうか」
そう言うと、水木はショウに抱きついた。そして、隠し持っていた包丁を、ショウの背に深々と刺した。
「う"ぐっ……」
「水木先輩!? あなた、なんてことを……」
「ああ、既に死んでいたのだね、亜希。この男から何も聞かされていないのかい?」
「…………」
再会した時に語られた、ショウの罪。それは、到底赦されないもの。庇うことができず、亜希は口を閉ざすより他なかった。
「知っているのだね。なら、何も言うな。私は彼に殺されたのだから。お前も、分かっていて避けなかったのだろう? なぁ、ショウ」
「く、ぅ……ッ!」
傷口をグリグリと抉りながら、挑発的に問いかける水木。ショウは顔を歪めながら、必死に悲鳴を呑み込んだ。
やがて、満足したのか、背に刺さった刃が乱雑に抜かれた。
「だが、仲間だった君に免じて、私1人分の恨みで痛み分けとしよう。君も、好きでああなったのではないのだろう。決して快楽の為に私を殺したのではないのだろう。それくらい、分かっているさ……」
言い聞かせるように、感情を押し殺すように、水木は呟く。そして、その視線を別の人物に移した。
「真に赦されないのは、その男だ」
彼女が指差したのは、霧崎全だった。
「皆、よく見ろ。亜希とそっくりだろう。憎たらしいほどにな」
その場にいる全員に視線を向けられ、全は気まずそうに俯いた。
「私たちに起きた惨劇は、全てあの男によって引き起こされたんだ。……さしずめ、そこに転がっている女性も、お前が原因で命を落としたことだろう」
百合花を一瞥する水木。全が悔しげに唇を噛み締めた。
「覚えがあるだろう? なぁ――」
――今淵春生《いまぶちはるき》。
その名前に、ショウと今淵姉妹は驚愕した。ゆきが、「そんな人いたの?」と言わんばかりに、亜希へ視線を送る。
「そんな……嘘です! 私、その人知りません!」
狼狽えながら、必死に首を横に振る亜希。
「当然だ。何故ならその男は、君たち姉妹が生まれるより前に、ある家に捨てられたのだから」
「ある家……?」
ショウが聞き返した。
「私が生まれ育つはずだった家。霧崎さ」
「……なるほどね」
全が、重々しく口を開いた。
「きみは、あの時の赤ちゃんか」
「へぇ、覚えているのか。お前もまだ1歳くらいだっただろう。随分と記憶力が良いのだな」
「化け猫の悪意でね。全部覚えているよ。胎の中にいた時から、全部ね」
「ね、ねぇ……!」
張り詰めた空気の中、ゆきが水木の服を掴んで言った。
「さっきから訳がわからない。お姉さんたちは何を言ってるの? わたし、自分がこうなった原因を教えてやるって言われたから、図書室を犠牲にしてついてきたのに……」
「そうだったね。すまんな。ではまず、私の自己紹介から始めようか」
ひと呼吸置いた後、水木は全員を見渡して言うのだった。
「私の最終的な名前は水木あゆみ。生まれは霧崎。そして、前姓は――今淵だ」
「え……」
衝撃の告白に、一同は固まった。ただ1人、すべてを知っている全を除いて。
「……あり得ない。霧崎と今淵が子どもを入れ替えた、ということですか。そんなことが――」
沈黙を破り、亜希が頭を抱えながら言った。
「出来るはずない、などとは言わんでくれよ。あの館に住んでいたお前なら分かるはずだ」
全く以てその通り。それを熟知している亜希は、何も言い返すことができなかった。
「それくらい、大金持ちってことですよね。ケーサツとかを、金で黙らせられるレベルで……」
「そうだ。要らぬ子を他人の家に押し付け、その家の子を奪い去ることなど、今淵には造作もないことだ」
ショウに返答すると、水木は仕切り直すように前を向いた。
「……さて。何故私たちは、入れ替わらなければならなかったのか。何故、今淵姉妹は異質な容姿で生まれ落ちたのか。何故、惨劇は起きたのか――。それらの答えは全て、この一冊に込められていた」
おもむろに、制服の内に忍ばせていた日記帳を取り出してみせる。
「さぁ、語ろうか。今淵春生という存在の罪を――――」
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