第18話 再会
「く、くるしいです。白峰くん。離して……」
「やだ」
あまりに強い抱擁に、亜希が苦言を呈する。しかし、ショウは彼女を解放することなく、ぎゅっと腕に力を込めた。
「白峰く……」
「ショウ」
言葉を遮り、ショウが己の名を言った。
「名前で呼んでよ。いつまでも苗字呼びなの、寂しんだけど」
ふてくされるショウ。亜希はほんのり頬を赤らめ、ショウの胸に顔を埋めた。
「……はずかしい、です」
「名前で呼んでくれるまで離さねー」
「ええ……っ!? こ、困ります……」
戸惑う亜希。ショウは催促と言わんばかりに、ぎゅっと腕に力を入れ直した。
「う……」
逃れられない。観念し、亜希はゆっくりと唇を開いた。
「ショウ、くん」
……沈黙。何も言わないショウを、亜希はおそるおそる見上げた。
「んひひ」
数秒の沈黙の後、ショウは気持ち悪い笑い声とともに亜希を解放した。亜希はドン引きして、ショウから少し距離をとった。
「何で離れんの!? 酷くね!?」
「いえ……、あまりに気色の悪い笑い方だったので、つい……」
「ひっでぇ!!」
切れ味の鋭い言葉に、ショウはガーンとショックを受けた。
「……あの」
しばしの沈黙の後、亜希が遠慮がちに声を発した。
「ありがとうございます。助けてくれて」
少し恥ずかしげに、亜希が言う。ショウが満面の笑みになった。
「どーいたしまして。オレも、亜希にまた会えてうれしいぞ!」
「ふふ。その……私も、です」
亜希がはにかみ笑う。久方ぶりの再会に、2人は幸せそうに笑い合った。
「そーだ。これからゆきちゃんの所に行こうと思うんだ。亜希も行くだろ?」
ショウが誘う。
「……私は死んでしまった身です。会いに行っても、ゆきに見えるのでしょうか」
寂しそうに言う亜希に、ショウは顔を強張らせた。そして、罪を認めた罪人のように、肩を落として項垂れた。
「……そっか。そうだよな。話さなきゃ、だよな」
そう呟いて、1つ息を吐く。心の準備を整えると、ショウは亜希を真っ直ぐに見た。
「亜希。今から、お前が死んだ後に起きたことを全部話す。相当しんどいと思う。オレのこと、嫌いになると思う。……それでも、聞いてくれるか?」
平静を装いつつも、亜希に嫌われる恐怖に苛まれながら、ショウは問う。亜希は、特に動じることなく、気丈な眼差しでショウを見つめ返した。
「大丈夫です。私はあなたを嫌いになることはありません。だから……何があったのか、聞かせてください」
迷いなく、亜希はそう言った。数秒の間すらなく返ってきた答えに、ショウは心打たれた。
そうして、ショウは何が起こったのかを語るのだった――。
「…………」
恋人の口から語られた、想像を絶する惨劇。言葉を失う亜希に、ショウは暗然と顔を俯かせた。
「やっぱ、きつかったよな。ごめんな」
「……いいえ。知らなければならないことですから。大丈夫です」
少しの沈黙の後、亜希は首を横に振ってみせた。
「オレのこと、嫌いになった?」
「いいえ」
情けない問いかけを、亜希は即座に否定した。
「私たち今淵は、あなたによって救われたんです。嫌いになんて、なるわけがありません」
いつも纏わりついて離れなかった罪悪感と、トラウマ。断固として言われた彼女の言葉は、彼を蝕んでいたものを浄化した。深い安堵感と解放感が、ショウを優しく包み込んだ。
赦されたとは思わない。だが、全てを救われた気がした。ショウは光輝くように笑うと、唇を開いた。
「……そっか。ありがとな」
礼を告げる彼に、亜希もまた微笑み返すのだった。
「――さて、と。ゆきちゃんの所に行くか?」
「え、ええ。そうですね」
ショウが身体を伸ばしながら誘うと、亜希は緊張ぎみに答えた。
「力まなくていいぜ。髪が赤い以外は、オレが見たまんまのゆきちゃんだ」
ショウがそう言うと、亜希は少し考えた後にくすりと笑った。
「髪が赤いゆきですか。ふふ、なんだか、会うのが楽しみです」
そうして、2人はA小学校へと向かっていった――。
◇
「……あれ?」
A小学校、図書室前までやってきたショウと亜希。目の前にあるのは普通の扉ではなく、木の板で厳重に閉鎖された扉だった。それはすなわち、赤い図書室に立ち入れないということだ。
「お~い、ゆきちゃん? 戻って来たぞ~」
木の板をノックし、呼びかけるショウ。しかし、辺りは静まり返るばかりで、何の変化も応答もない。ショウは首を傾げた。
「おかしいな。ここにいるはずなんだけど……」
『今の彼女に何を言っても無駄さ』
ふいに、どこからか声が鳴る。辺りを見渡しても、誰もいない。
「誰だ!?」
実体のない者の声。それは、彼が何よりも忌み嫌う事象。ショウは凄まじい形相で、天井へ向かい怒鳴りつけた。
『そんなに怒らないでよ……。思った通り、怖いねキミは』
怯えた声でそう言うと、謎の声は1つ咳払いをした。
『ボクはコンピュータ室のシミズ。この学校の全てを観測する者さ』
声の主が名乗ると、ショウの殺気がすぐに解けた。
「あ"~っ! お前! オレだけハブった奴!」
『今、軽口を叩いてる暇はないよ』
間の抜けた調子になったショウに警戒心が薄れたのか、シミズがぴしゃりと言い放った。
『早く園城百合花を探したほうがいいよ。赤い図書室は結界で身を守れるからいいけど、園城百合花は丸腰だ。怪物に襲われたら……無事じゃすまないだろうね』
「――――っ!」
シミズの助言に、即座に動こうとするショウ。その袖を、亜希が掴んで止めた。
「それで、園城百合花という人はどこにいるのですか?」
「亜希?」
図書室の方を見ながら、亜希が冷静な口調で言った。
「あなたは、この学校の全ての情報をご存じなのでしょう? なら、園城百合花という人が、何処へ行ったのかを知らないはずがありません」
ショウがぽかんと亜希を見る。少し毒舌だが、気弱な彼女がここまではっきりと主張するのを見るのは初めてだった。
『鋭いね。それが、分からないんだ』
「は?」
矛盾する発言に、ショウは眉をひそめた。
『そう。夜のA小学校において、ボクに観測できないなんてことはないんだ。それなのに、園城百合花の居場所がつかめない。これは明らかに異常事態だ』
「じゃあ、園城さんはもう、この学校にいねぇってことか?」
動揺しながら、ショウが天井に向かって問う。
『それはない。出て行った姿を見てないから、この校舎にいることは確実だと思う』
「甘いですね。あなたの目を眩ませた状態で、学外へ行った可能性は考えないのですか?」
『ないね。そんなことする必要がないもの。ボクなんて、ただの傍観者だよ。基本的に干渉しないし、干渉もされない。鑑賞するだけさ。そんな奴を、わざわざピンポイントで対策する理由なんてない』
シミズの反論に、亜希は納得いかずに険しい顔をした。
『このレスバに意味はないよ。キミが勝ってもボクが勝っても、尋常でない状況っていうことには変わりないんだから』
言い合いをすればキリがないと判断し、シミズは話にケリをつけた。
『どうする? キミたちは理解不能な敵に立ち向かう? それとも、逃げる?』
挑発的に、傍観者が問う。今、何が起こっているというのか。亜希はもちろん、ショウも、シミズでさえも分からなかった。走る緊張、加速していく不安。ショウも亜希も、どうすれば良いのか判断がつかなかった。
――ふと、彼らの横を、何かが落ちていった。ショウの方が早く反応した。そして、はっきりと見てしまった。窓を落下していったのは――。
「行こう、亜希!」
「え、えぇっ!?」
ショウはすぐに、亜希の手を引き走り出した。亜希は困惑しながらも、手を引かれるがまま走った。
『どうやら、すでにタイムオーバーだったみたいだね』
人知れず、放送が切れる。図書室前の廊下は、静けさを取り戻した。
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