第14話 ボクノキオク、キミノツミ
「ん"ん……」
――机の上で、クニオは目を覚ます。
メガネをかけ、時計を確認すると、もう昼を過ぎていた。凝り固まった体を伸ばし、椅子から立ち上がる。眠たそうにしながら、クニオは階段を下っていった。
「ん?」
ふと、1番下の段に何か物が置かれていることに気づく。寝ぼけ眼では、その物体の正体を認識することはできなかった。クニオは、特に関心を抱かずに階段を下っていく。
「ひっ……!?」
中間地点に来たあたりで、その正体に気づいた。クニオは短く悲鳴をあげ、腰を抜かす。
「ぁ……ああああ……っ!」
そこに置かれていたのは、母親の生首。クニオは、階段の中間地点でへたり込んだ。
階段に面した床に、家族でないものが姿を現す。返り血をふんだんに浴びたその姿は、犯人以外の何物でもない。
ただ、その服装はあまりにも見覚えがあった。深緑のジャケットに、赤いネクタイ、そしてグレーのズボン。それは、クニオの学校の男子生徒の冬服である。さらに――その顔にはもっと、見覚えがあった。
「ぁ……な、なん……で?」
犯人の男は、クニオを見上げてにやりと笑った。
「よぉ、クニオ」
それは、ひどく懐かしくて、待ちわびた声。そして――今は、最も聞きたくない声。「消える家族」の犯人は、最初に犠牲となった家族の行方不明者、白峰ショウだった。
焦げ茶だった髪は灰色へと変わり、活気に満ち溢れていた目は、黒ずんでいて生気がない。かつて快活に笑っていた姿が嘘のようだ。整った顔に浮かべる笑みは、嗜虐に塗れている。
「柳田大輔、16歳、5月14日生まれ。B高校の普通科に通う1年生。幼い頃に両親が離婚、母親が親権を得る。理系大学の研究者である母親は、息子も将来そうなってほしいと願う。しかし思いに反して、息子は、自身が毛嫌いする文系分野に没頭してしまう――」
話した覚えのない家庭事情を語りながら、階段を上ってくるショウ。血塗れの姿で向かってくる親友――殺人鬼に恐怖し、クニオは短く悲鳴をあげた。逃げたかったが、腰が抜けて立ち上がれない。身体もガタガタと震えるばかりで、うまく動かせなかった。
ショウは、クニオの前の段までやってくると、上にのしかかった。端正な口元が、いびつな笑みを作った。
「そうして、唯一の家族である母親に、見放されたんだよな」
「……っ、……」
「ん? どうした? 久しぶりの再会で、嬉しくて声も出ねーか」
そうかそうか、とショウは一人で納得すると、クニオの視界を手で覆った。数秒後、手を退けられると、そこはクニオの部屋だった。目の前には、階段にあったはずの母親の首が置かれている。
(ありえない……。まさか、ショウ、キミは――)
――妖怪だったのか?
問いを目に宿しながら、背後に座る親友を振り向いた。ショウがにこりと笑う。それは、女を誘惑するような笑み。クニオのよく知る彼は、こんな表情をしたことはなかった。
「――さぁ、ゲームを始めよう」
ショウが、突拍子もなくそう言った。
「は……? ゲーム……?」
「そ、ゲーム」
困惑するクニオをよそに、ショウは話を続ける。
「俺はこれから、4つのゲームを仕掛ける。それを全部クリアできたら、お前は助かる。そこに置いてある母親も、蘇るぜ」
クニオは悟った。絶対に助からない。そして、行方不明者になるよりも、さっさと殺されていた方がマシだった、と。
毎日のように報じられる、犠牲となった家庭のニュース。それを見ていれば、ゲームが到底クリアできるような代物でないのは、容易に想像がついた。
「――ねぇ、ショウ」
最期の言葉を遺す想いで。……そして、もしかしたら改心してくれるかもという、都合の良い妄想に賭けて。クニオは、おそるおそる口を開いた。
「何だ? 拒否するなら――」
「僕たちのこと、騙してたの? ……これが、本当のキミ?」
言葉を遮り、クニオは悲嘆するように訴えた。しかしショウは、わずかに目を細めただけだった。
「ゲームの内容は簡単だ」
切実な問いかけは、いとも簡単に流される。希望を砕かれ、クニオは絶望にうちひしがれた。
ショウが愉快そうに笑う。そして、残虐極まりない命令を下すのだった。
「母親の首の前で自慰をしろ。1020秒以内にイけたらクリア」
「はぁ!?」
あまりに異常で、倫理観の欠落した内容。クニオは、思わず嫌悪の声をあげた。ショウは楽しげに笑うと、勉強机の椅子に腰をかけた。
「見ててやるからな」
「そ……っ、そんなこと、できるわけないだろ!!」
顔を青くしながら、必死に拒絶するクニオ。ショウは面白くなさそうに、無表情になった。
「――やらなかったら、殺すだけだ」
「へ……?」
突如、何もない空間から、包丁が出現した。超常現象に驚く間もなく、ショウの傍らに浮く凶器が消えた。――かと思うと、頬のすぐ横に風を感じ、床にぶつかる音がした。
「――ぇ……」
おそるおそる、音のした方を見やる。床に深々と突き刺さった包丁を見て、クニオは顔を青ざめさせた。
ショウが、追い打ちとばかりに刃物2本をさらに出現させた。冷酷な表情で、刃先を獲物へと向ける。
――殺される。クニオは確信した。
「分かった!! やります!! やりますから!!」
死への恐怖から、クニオは気ちがいのように同意を訴えた。肯定を受け取り、ショウは、満足げに笑った――。
◇ ◇
『え? 何でショウのコスプレをこの妖怪にしたか、って?』
――それは、記憶の海に溺れる"今"の自分が見る別の記憶か、"過去"の自分が思い返す過去の記憶か。酷く曖昧な感覚に沈むショウの隣に、制服姿のクニオが立っていた。この記憶は、文化祭の前日、教室の飾りつけをしている時のものだ。
『あー。そういえば、前、言いそびれたっけ。コスプレに選んだ妖怪は、知名度と親しみやすさを意識してー、その上でキミたちに合いそうな妖怪を割り当てたことは、言ったよね。ショウの妖怪は、ちょっとマイナーだけど、人間に対して良い方向に働きかけるんだよ』
クニオは、作り貯められた紙華を手に取りながら、言った。
『6月くらいまでさ、亜希さんが標的になって、ひどい有様だったじゃない。うちのクラス。……でもさ。キミが、それを止めてくれた。クラスのどす黒い空気を、喰らってくれたんだよ』
そう言うと、ショウに満面の笑みを向けた。
『夢と現実は、隔絶されたもの。――でもさ、悪い部分を吸収する、って面では、やっぱショウにはこの妖怪だ! ってね』
ショウ、キミの配役は――。
◇ ◇
「こんな……形で――」
大の字で放心している親友を、愕然と見下ろす。かつて隣で笑い合った彼は、あらぬ状態となっていた。
目は上を向き、何も映してはいない。
パジャマのボタンは全て外され、下半身には何も身に着けていない。
上半身には、いくつもの浅い切り傷がある。
尻には包丁の柄が突き刺さり、血が伝っている。その刃先が何度も触れたのか、性器は傷だらけになっている。
彼をそうしたのは、紛れもなく――。
「お前の心の闇を、喰らいたくなんて……ないのに」
【さあ、喰え。そいつの絶望を】
脳内に、おぞましい声が響く。ショウは従順に声に従った。熱を計る時のように、クニオの額に自分の額をぴたりとくっつける。そして、彼の精神に干渉を始めた。
どうして。どうして。どうして。ショウ。怖い。酷い。嫌だ。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――……。
頭の中に、クニオの絶望が流れ込んでくる。不本意ながら、もう慣れたはずの作業だった。しかし、彼が抱いていた感情に触れ――紛れもない、自分が、親友を凌辱し尽くしたことを突き付けられた。
心が張り裂けそうだった。副次的に、クニオと初めて話した時、オカルト研究部でバカをやった時、一緒に遊んだ時……、自分たちの思い出も流れ込んできて、逃げたくなった。けれど、決して逃れられない。
――これは、怪談。被害者はもちろん、加害者である「ショウ」も抗うことのできない筋書き。内にいる怪物も、彼が役割を放棄することは、決して赦さない。歯を食いしばり、涙を流しながら、大切な親友の「絶望」を喰らい尽くした――。
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