第12話 走馬灯、そして最期の記憶

(あぁ……。懐かしいな。オカルト研究部。放課後、くだらないことを駄弁って、ふざけあって……。楽しかったなぁ)


 記憶の断片が、ガラスの破片のように散らばっている。ひとつひとつを流し見ながら、ショウは闇の中を落ちていった。


(亜希が猫耳カチューシャつけてる……。かわいいな。クニオも部長も、コスプレして……。文化祭は、妖怪コスプレ喫茶やったんだっけ)


(キャンプファイヤーのとき、亜希に告白したんだったなぁ……。すんげぇ緊張したし、オッケーくれた時はヒャッハーってなったな)


 ふいに、深刻そうな雰囲気のオカルト研究部の映像が視界に映る。メンバーの視線はある一点に集中し、緊張感が漂っている。その中に、亜希の姿はなかった。


(そういや、行方不明になった亜希を探すのに、こっくりさんやったっけ……。すんげぇ怖い思いしたなぁ。グルチャでオールしたあと、お祓い行ったっけ)


(その後……、その後、は――)


 記憶の欠片が、丸みを帯びていく。


(そうだ……みんなでお祓いに行ったあと、夏樹さんと2人でゆきちゃんの部屋に行って……そしたら……部屋が真っ黒で……)


 焦げ臭いニオイ。

 崩れ落ち、狂ったように叫ぶ夏樹。

 床に横たわる、真っ黒なナニカ――。


 今淵ゆきは、焼死していた。


 つい最近、他愛のない話で笑い合った可憐な少女が、変わり果てた姿で横たわっている。あまりに惨たらしく、残酷な光景。ショウは、逃げることもできず、泣き叫ぶこともできず――ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 ふいに、夏樹の様子が変わった。


 ゆらゆら、ゆらゆら。彼の首がおぼつかなく揺らぎ始める。そして、緩慢な動作で、隣に立つショウを見た。


「なつき……さん?」


 夏樹の目は、生気がなくうつろだ。明らかに尋常ではない。間近に横たわる死も相まって、ショウはとてつもない不安に襲われていた。


「い……、……ち…………だ…………」


「え……?」


「い………………を………………い……」


 うつろな目でショウを見つめながら、夏樹はぶつぶつとうわごとを言い始めた。当時は、何を言っているのか聞き取ることはできなかったが――"今"になって、はっきりと聞こえた。


「いのちをちょうだい」


 ――ブツン。


 映像が途切れる。記憶の断片が、だんだんと小さく、細かくなっていく。


 意識が沈んでいく。


 深く、深く。


 微睡みの中へ、落ちていく。



 オレは今、どうなっている……?


 オレはどこにいる……?


 オレは……。


 …………。


 …………。



「……すまない。あんなもの、見せちまって」


 ゆきの死体を見てしまったあとの帰り道。夏樹が力なく謝罪する。


「あれ、夏樹さんの親父が……?」

「ああ、間違いない。アイツの差し金だろ。警察は……アテにならない。どうせ金で隠蔽される。それだけの財産を、今淵は持ってる」


 ハンドルの上で、夏樹は拳を握りしめた。


「な、夏樹さん!」


 ショウが慌てて叫ぶ。目の前の大事な友人が、どこか遠くへ行ってしまうように感じたのだ。


「オレ達、友達ですから!」

「ああ」

「夏樹さんがウザイっつってもクニオと部長と一緒にストーカーしますから!」

「それはやめてくれ」

「だから!」


 ショウは真っ直ぐ、夏樹を見つめた。


「また、部活来てください」


 夏樹は驚いたように瞬きしたが、くしゃりと笑った。


「ああ。また明日な」


 その言葉を最後に、映像がぼやけていった。


 白くなる。

 小さくなる。

 細かくなる。

 冷たくなる。

 無限に増えていく――そうして、幾度も見た物体へと変化した。闇の中で舞う、白く美しいそれは――。


「にいちゃあああああん!!」


 泣き叫ぶ声。久しぶりに聞いた、この声は――。


「たすけてぇええええええ!!」


 重い瞼を開ける。雪降るリビングの中心に、泣き叫ぶ弟――カケルの姿と、彼を捕える白い男の姿があった。

 白くなったフローリングには、変わり果てた父親と母親が横たわっている。


(これは……、覚えてる。忘れた時はなかった。夏樹さんと一緒に、ゆきちゃんの死体を見ちまった次の日だ。その日、オレは……。オレの家族は――)


 白い男が、大口を開ける。顎が外れそうなほどの大きさで開かれた口がーーカケルの首に噛みついた。


「にい、ぢゃ……、だす、け……っ……あ"っ――――」


 ブチブチと皮膚や血管が突き破られる音がする。男が首を捻ると、カケル肉の筋がその力に従って引き延ばされ、ぷつりと切れた。歯を突き立てられるたびに、カケルの手足が痙攣し……やがて、ぴたりと動かなくなった。


「あ……ぁああ……」


 ――どさり。


 無造作に、カケルの体が地面に投げ捨てられる。噛みちぎられた部位からは、赤黒い肉と骨が露出していた。


「……っう、うわああああああああああああああああ!!」


 弟を目の前で殺された哀しみか。家族を惨殺された怒りか。目の前の男に対する恐怖か。あるいは自分の命の危機に対する防衛反応か――いや、その全てかもしれない。


 ショウは落ちていた包丁を拾い上げ、男へ突進していった。刃先があと数センチというところで、どこからか冷たい強風が打ちつけた。


「う"っ……!?」


 足元がふらつき、立っていられなくなる。その場に倒れ込むショウ。手から落ちた包丁が、雪の上に落下した。


「う……ぅ……」


 室内に降る雪に、埋もれていく。全身が冷たい。寒い。視界が白で覆い尽くされていく。


 男がしゃがみ込み、カケルの亡骸に頭を寄せる。クチャクチャと肉を貪る音が、辺りに響き渡った。


 激しい風の音。

 カケルを喰らう咀嚼音。

 だんだんと、遠のいていく。

 雪の中に、重だるい意識が沈んでいく――――。


 ――やがて、咀嚼音が止んだ。ああ、自分の番なのだろう。ショウは、諦めて目を閉じた。


 ふいに、目元に張り付いた雪が、取り払われる。


「……………………え?」


 鮮明になった視界に現れたのは、夏樹の顔だった。黒かった髪は真っ白に、目は赤く――ゆきと同じ色へと変貌していた。


 否、違う。こんなのは夏樹ではない。心は必死にそう叫ぶが、無慈悲にも視覚は、今淵夏樹その人だと宣告を下した。


「な……、つき……さ……、なん……で……、」


 回らない舌で、ショウはやっとそう呟く。夏樹――否、白い化け物はニタリと笑い、ショウの顎を持ち上げた。


「俺は、お前のことが大嫌いだ」


 心臓を、思いきり突き刺されたかのような感覚だった。――ショックなどという言葉では言い表せない。その言葉だけで、ショウの精神を崩壊させるには、十分すぎた。


 身体に力が入らない。項垂れるショウを、化け物はかすかな笑みを浮かべると、吹雪の中へと消えていった。微睡みに沈み込むほどに、ショウの心をどす黒いナニカが埋め尽くしていく。


 化け物の足音が遠ざかっていくのを頭の隅で感じながら、ショウはゆっくりと意識を手放した。








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