第11話 オカルト研究部
次に目を開けた視界に入ってきたのは、向かい側の机に座る亜希。どうやら、学校内に戻ってきたようだった。
またもや覚えのある風景。広い教室、くっつけられた5つの机。そこに座る自分、そしてクニオと亜希。あまりに懐かしい、オカルト研究部の風景だ。
(この日はたしか……、夏休みが明けてすぐか。宿題が終わんなくて、クニオと2人で発狂して、亜希に呆れられてたっけ……)
オカルト研究部は、北校舎の空き教室を部室としていた。部員は4名+1名で活動(……というより雑談)した。決して戻ることのできぬ、遠い日の思い出だ。
感傷に浸っていると、ガラッ、と扉の開く音がした。
「やぁ諸君。こんにちは」
入ってきたのは、艶やかな長髪の、すらりと背の高い美少女だ。彼女は水木あゆみ。3年生で、オカルト研究部の部長である。
「こんにちは~、水木先輩」
彼らの挨拶に微笑み返すと、あゆみはリーダー席へと腰をかけた。
「これはどういう状況哉?」
「この2人が、課題をまったく終わらせてなかったみたいで……」
ため息まじりに亜希が答えると、あゆみが目を丸くして2人に目を向ける。
「それで、この余裕はどこから来るんだい?」
「えー、やる気出ねーから」
勝手に動く口がぼやいた。隣でクニオもぐでんと項垂れる。あゆみが心底あきれた視線を向けた。
「そんな目で見ないでくれよ部長……」
「そんなことだと留年するぞ? 君ら、ただでさえ学業不振なのだから、提出物くらいきちんとするべきだと思わんかね?」
「りゅう……ねん……」
留年。その言葉に、2人の顔から血の気が引いた。心当たりがありすぎるほど、2人(特にショウ)の成績は絶望的だった。
「高校1年で留年って、洒落になりませんよね」
亜希の言葉が、ショウの心のど真ん中にクリーンヒットした。
「うおおおおおおおおお! クニオ! 死ぬ気で終わらすぞ!!」
「ラジャ! 答え写す!!」
かくして、男子2人は課題へと取り掛かるのだった。
◇
「え、何? なんか静かなんだけど。どんな状況?」
その声に、カリカリとひたすらに答えを写していた2人の手が、ぴたりと止まる。
「夏樹さーん!!」
扉の前に立つ救世主。ショウが真っ先に飛びつき、クニオもその後に続いた。部員の+1名とは、夏樹のことである。
「おー、お前ら。さっき何してたん?」
抱き着くショウを気にせず、夏樹が言った。
「宿題が終わらなくて、写してました!」
「あー……」
意気揚々とそう言うクニオを見て、夏樹は全てを察した。
「まぁ、頑張れよ」
「いやだーー助けて夏樹さん!」
「手が疲れました夏樹さん……」
「あーはいはい。終わらせたらコンビニで好きなもん買ってやるから終わらせろ。ほら、席つけ席!」
夏樹がそう言うと、「ハウス」と言われた飼い犬のごとく、クニオとショウはもといた席に座り、作業に戻った。
「そういや部長さん。例のテーマについて、満足する結果が得られたか?」
「うーん、何とも……。直接家に伺うことができればいいのですが、できないんですよね?」
「ああ、すまないな」
夏樹が困った顔で言うと、クニオは目を細め、歯ぎしりをした。
「――今淵家、その莫大な財産と権力から、”座敷童子の館”の異名を持つ財閥。そこには、本当に座敷童子がいる説! 現地に行けさえすれば、もっと理解を深められるのにー!」
座敷童子の館には、本当に座敷童子がいる説ーーそれは、ショウや亜希が入部する以前の6月から、部で定まったテーマであった。
彼らが入部することになったのは、件の館の住人である亜希と接触を図るよう、あゆみに命じられたクニオが、躊躇してショウに話しかけたことがきっかけだった。
結果、芋づる式に亜希も入部し、その話を聞いた夏樹が、時おり遊びに来るという構図が出来上がったのだった。
「いいから宿題やんぞ」
「いひゃいっ!?」
わめき散らかすクニオのほっぺたを、ショウがむいとつまんだ。肉がまったくなかったので、少しイラッとした。
「まあまあ、オカルトなんてネットとかに乗ってるのが全てじゃん? それにさ、家来ても幻滅するだけだろうし、来ない方が想像力広がっていい――」
ふてくされるクニオをなだめるように、夏樹が言う。
「いいえ! よくありません!」
クニオが興奮して、椅子から立ち上がる。
「資料の展示や現場へ行くことこそが、より理解や考察を深められます! それに! 足を踏み出さなければ! 実物を見ることだってできない! だからこそ、僕はぜひ“座敷童子の館”に足を踏み入れ――」
「クニオおすわり」
「ふぎゅっ!?」
ショウが、クニオの頭に手を置き、そのまま下げた。重力に従い、クニオは変な悲鳴をあげながら椅子へすとんと座った。
「ったく、前から言ってんだろ。人の家を面白おかしいネタにするの良くねーって」
「……悪いとは思ってる。でも、僕は真剣なんだ。本当に、いるんだよ。妖怪は。だから、座敷童子の館を調査して、より強い確信と証拠を得たい。そして、研究に貢献したいんだ」
クニオがつぶやく。ショウがにやりと口角をあげた。
「またその話か~?」
「ああ何度でも話すよ! 忘れもしない、中1年の3月、卒業式でにぎわう校庭、そこで……!」
「え、何? 俺聞いたことない」
夏樹がクニオの話に食いついた。亜希が苦笑いをした。
「兄さん、くだらないですよ。その話」
「えー、でもなんか気になるわー」
夏樹が関心を寄せると、クニオは力いっぱい叫んだ。
「間近にいた男女が、抱き合ってキスしたんです!」
しぃん、と教室が静まり返る。一瞬の沈黙の後、ひゅ~、と夏樹が口笛を吹いた。
「でもその男女が普通じゃなくて――」
「はいはい。リア充が羨ましくて、妖怪のせいにしたくなったんだろ」
「もう! そう言ってショウはいっつも信じてくれないよね! 本当に人とは思えなかったんだってそいつら!」
「妬みが酷すぎますね」
「これを聞いて、私はクニオが面白いと思ったがね」
部員たちに軽くあしらわれ、歯を食いしばって顔を赤くするクニオ。
「で? そいつらどんな姿してたんだ?」
不憫に思った夏樹が、クニオに問いかけた。すると、クニオの顔の熱が一気に引き、神妙な顔つきになった。
「人間と、変わりませんでした。灰色の髪の女子生徒と、黒髪の男子生徒……。明らかに人間じゃない、って確信がありました。あれは、対面しないと分からないです。存在を認識しただけで、全身に駆け巡る不快感……。あれこそ、妖怪だと確信しました」
その言葉を聞いた夏樹の顔が、明らかに強張った。一同はその反応を不思議に思ったが、クニオはそれに気づかない。
「それでですね、女の方が」
「ストップ。宿題やんぞ。夏樹さん困らせんな」
夏樹の反応を異様に思ったショウが、クニオにストップをかけた。「宿題」というワードに、クニオはみるみる現実へ引き戻されていく。
「やべ! やるやる!」
「クニオあと何ページ?」
「20ページ!」
「オレも!」
残りページ数の多さが、2人がどれだけサボっていたのかを物語っていた。それを聞いた女子2人は、あきれ顔で男子2人を見た。
「……大丈夫ですかね」
「計画的にやらないのが悪い。はっはっは」
あゆみの笑い声が、遠退き、低くなっていき――男の声へと、変わっていく。辺りが暗闇に包まれていくとともに、意識が薄れていった――。
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