第4話 出発
「――それで、これからどうするんだ?」
向かい合って座る、百合花とS。寒さを軽減するために、2人とも身体を丸めている。
「私たちがやるのは、"結界"を持つ怪異を探すことよ」
「結界?」
Sが聞き返すと、百合花は真剣な表情で頷いた。
「特別な力によって守られている、
「ゲームとかに出てくる、その中だと無敵! みたいなやつか?」
「ゲームはやらないから分からないけれど……、それも一つの効力ね。でも、特筆すべきは点は別にあるわ」
百合花は足を崩し、傍らに落ちていた小枝を拾う。そして、2人の間を線引きするように、枝を横へと滑らせた。
「結界には、主が他者の侵入を拒むと、外界からの干渉を遮断するという特性があるわ」
「ヌシがダメ! っつったら、絶対入れないってこと? つっよ」
「ええ。だから、空間の主に匿ってもらえさえすれば、怪物から完全に逃げ切ることができる」
「――――!」
Sの目が、大きく見開かれる。一縷の希望を見出したかのように、黒い瞳に生気が宿った。
「あれは、殺せない。そして、どこまでも追ってくるでしょう。鬼ごっこを終わらせるには、絶対不可侵の場所に隠れるしかないわ」
強い口調で、そう告げる百合花。言葉には、重い覚悟と気迫が込められている。
「……分かった。それで、アテはあるのか?」
「ええ。まずは、学校に行こうと思うの」
「が、学校?」
身近なワードに拍子抜けしたのか、Sが素っ頓狂な声を出した。
「――A小学校。この町に住み着いているなら、聞いたことくらいはあるでしょう?」
「ああ。怪談が多くて有名ってことくらいは」
A小学校。ごく一般的な小学校だが、地域内で、怪談や都市伝説の多い学校として知られている。やれ血まみれの女が出ただの、人体模型がひとりでに動くだの――怖いウワサが絶えない。
何故、この小学校に、怪談が多く存在しているのか。今や、誰1人として知る者はいない。
「たしか、江戸時代の処刑場だった所に学校が建てられてる、とかだったか」
「私が知ってるのと違うわね。私は、防空壕があった、と聞いたわ」
情報が食い違う。それが意味するのは、著名ゆえに生じた噂の一人歩きか、存在の有無が曖昧なものか、どちらかだ。怪談であれば、間違いなく後者。信憑性は、皆無に等しい。
「うさん臭くね?」
「それが怪談というものよ。人間の想像どおりに形を為すものもあれば、作り話のまま終わるものだってある――不確かなもの。母数が多くなきゃ、話にならないでしょう?」
「……そんなもんか?」
「そんなものよ」
「……分かった。最初の行き先はA小学校な」
少しの間のあと、Sが同意を示す。百合花は、安堵したように笑みを浮かべた。
「ルートはどうする? 今のうちに頭叩きこもうぜ。ここを出たら、その怪物とやらが出てくんだろ?」
「正直、今出てこないとも言い切れないけれ、ど……」
Sの行動に、百合花は言葉を途切れさせた。
「……あなた、今何をしたの?」
「別に。自分の力を使っただけだぞ」
Sが淡々と操作するスマホ。それは、普通にポケットから出されたのではない。空中から、突如出現したのだ。まるで、彼にしか見えぬ収納ケースでもあるかのように。
百合花は、訝しげに目を細めると、口元に手を当てる。
異空間から物体を召喚する、人型の怪異――。ますます、彼の正体が分からなくなった。
「電波届いて良かったな。ほら、これ現在地」
困惑する百合花に構わず、Sはマップ画面を開いて見せる。
「そんで、ここがA小学校。徒歩20分……」
「微妙な遠さね……」
示された距離の長さに、気が滅入る2人。地図をズームし、ストリートビューを開いて目印を探っていく。
「――ねぇ」
スマホを眺めていくうち、あることに気づいた百合花が、Sに話しかける。
「あなたの力で、服って出せない?」
スマホが出せるのなら、服も出せるはずだろう――。百合花は、自身の腕を抱きながら、恨めしそうにSを見つめる。Sは、やりにくそうに目を逸らすと、頭を掻いた。
「出せなくはねーけど……。種類が多すぎて、一番出したくねー代物なんだわ。今見返して出す気力はねーよ」
「それ、寒さよりも重要なことなの?」
百合花が問うと、Sは無言で抗議を示した。起き抜けの彼からは考えられぬほど、凄まじい威圧感と、底知れぬ闇を纏っていた。
「分かったわよ……」
尋常ならぬ雰囲気を感じ取り、百合花はしぶしぶ引き下がった。先ほどの彼から、全力で目を背けるかのように、スマホを凝視するのだった。
――マップを開いてから、数十分ほどが経過した。
「覚えたわ。あなたは?」
「まあ、なんとか」
そう言うと、Sは立ち上がった。
「うし、それじゃあ出発すっか」
「待って」
鳥居へ向かおうとるするSを、百合花が呼び止める。
「出る前に、あなたを追ってくる怪物について教えて。共有したいわ」
「ああ――そうだ。言わなきゃなんねーことがあったんだ」
気だるそうに、Sは振り返った。
仄暗い表情、うつろな目。自嘲ぎみにゆがめられた口元。
彼を纏う不気味さに、百合花は身構えた。だが、その警戒は杞憂に終わる。
「ソイツが来たら、全力でオレたちから離れて欲しい」
真剣な表情で、Sは言った。
「ソレに遭遇すると、オレは完全に理性を失う。園城さんどころか、周りの人間にも何するか分かんねーんだ」
「その怪物は、どんな姿をしているの? 現れたら、すぐに分かるのかしら」
「ああ、一瞬で分かるさ。なんせアイツが現れたら、季節も屋内外すらも関係なく、雪が降るんだからな」
――雪。その単語から連想される怪異は、あまりに名の知れたもの。
「その怪物は雪女? だったら……」
「いや、男だ」
Sは即座に否定し、表情を暗くする。
「それに、アレはアンタの想像してるやつとは違う。火で対処できるなら、とっくにそうしてる」
「たしかに。そうよね」
気まずい空気が流れ、互いに無言になる。少しの沈黙の後、Sが伺うように百合花の顔を見る。
「……行くか?」
「ええ、出ましょう」
仕切り直すかのように頷き合うと、2人は寂れた鳥居の前に立った。境界の向こうには、広大な空き地と、荒れた畑が広がっている。蛍光灯のわずかな明かりだけが、周辺を薄く照らしていた。
一歩踏み出せば、「外」に出る。陽炎の怪物の姿がよぎり、百合花は小さく震えた。大きく息を吸って、吐いて。気持ちを落ち着かせると、隣に立つSに視線を送る。彼女の緊張を感じ取ったのか、Sは優しい表情で頷いた。
互いの意志を確かめ合うと、2人は境界の外へと足を踏み出した。
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