#4
初めて書いた恋愛小説が大売れしてしまった。
私が高校一年生の頃に暇潰しで書き始めてから、あと二週間で一年半になる。十万字書き上げる苦労とか、新人賞に応募した時の緊張とか、赤ペンだらけの修正願いが届いたりとか、色々と大変だったけれど、その甲斐あってか第一巻が十五万部も売れてくれた。
嬉しいけど、ちょっと複雑。
いや、本当はかなり複雑。あんまり嬉しくもないかもしれない。
「先日いただいた原稿読ませていただきましたよ、
「それは良かったです。
「いえいえ! 感謝してるのは僕の方ですよ! こんなに面白い作品を一番に読めるなんて、この仕事をしていて本当に良かったと思います」
ぺこぺこと竹島さんは頭を下げてくれるけど、私の意識は感謝よりも手の方にある。装飾のない綺麗な薬指を見て、今日もそっと安堵する。
「前から聞きたかったんですけど、この作品のヒロインのモデルってもしかして先生ご自身ですか?」
「え? あ、えっと……そう、ですね。お恥ずかしい」
「やっぱり! だからこんなに可愛く書けるんですね。作家さんにとって一番身近なモデルは自分自身ですもんね」
「か、可愛いですか?」
「ええ、そりゃあもちろん。読者の方々が高く評価してくださってるのがその証拠だと思いますよ」
「……へへ」
おっといけない。
ニヤけているのが竹島さんにバレてしまう。
でも我慢できないので壁を向こう。
えへへ、えへへへ!
私のこと可愛い、だって!
竹島さんを家に呼ぶ前に前髪とか洋服とか、ちゃんと整えてて良かった──って、洋服! ナイスだ私。
竹島さんはどんな洋服が好きなんだろう。
やっぱりワンピースとか、エプロンとかかな。いや、エプロンって洋服じゃないか。エプロン着て買い物とかいかないし。普段着がエプロンですなんて聞いたことないし。
「あの、竹島さん」
「どうしました?」
「竹島さんはその、どういう服が好きですか?」
「私の服の好みですか? そうですね。……作中でヒロインが一番着ていることの多い制服も好きですし、あとは大きめのシャツとかワンピースとか……って、なんか警察に見られたら捕まりそうですね私。先生まだ高校生なのに、大の大人が女の子の好きな服装の話を真面目にするなんて」
「い、いえ! 創作はそういう危ない考えから生まれるものなので、とても参考になります」
「なら良かったです。あ、あとエプロン姿とかも家庭的で好きですね。制服の上からとかだと二つ同時に見れてラッキーな感じもします」
「エ、エプロンって洋服なんですか?」
「確かに、少し違ったかもしれませんね。まあでも、私の好きな女性の……見た目? ということで」
「ですね。ありがとうございました。勉強になりました」
「いえいえ。少しでも先生のお役に立てたなら、担当編集として嬉しい限りです」
制服、彼シャツ、ワンピース、エプロン。
しっかり覚えた。
それにしても、彼シャツはともかく、制服とかワンピースとか、図らずも私、竹島さんの好みの格好でいつも打ち合わせしてたんだ。
今も学校帰りで制服のままだし、外で打ち合わせする時は動きやすいからワンピースだし……。
あとはエプロン、かな。私が自力で見せられるものは。
「それじゃあそろそろ私は帰りますね。時間も遅くなってきましたし」
「あ、確かにそうですね。ありがとうございました。また来てくださいね」
「はい。またお邪魔させていただきます」
そう言って私の部屋から出ていく竹島さんの背中は大きくて、見ていると胸が熱くなった。
パタンと扉が閉まってから、私は心の中で独り言つ。
自分の担当編集を好きになってしまった作家は、みんな私のような気持ちなんだろう。
告白なんて、できるはずがない。
だって私は高校生で、大好きな彼は社会人。
それになにより、作家は自分の作品という強すぎる人質を持っている。
告白しようものならそれは、口で何と言おうと人質の首にナイフを押し付ける行為であって、つまりそれは、断ったら作品書くのやめるぞと、思ってもないのに思わせてしまう行為なのだ。
しかも、私の作品は幸運にもヒットしてしまった。
二者択一。
そんな残酷なこと、好きな人にしていいはずがない。
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