#3

「私と一緒に世界征服しませんか?」

「するかバカ」


 学校の昼休み。机を挟んだ正面から、世紀の大犯罪のお誘いがあった。

 出汁の香る色とりどりの弁当を作った美少女とは思えない発想で、俺はきっぱりと断りこいつの弁当から肉じゃがを奪う。


「もーらい」

「あ! あなた、私のじゃがいもを一口で……!」

「んー! んまいぞこれ!」

「当たり前です! 出汁醤油だって、市販のではなく私が一から…………あーもう、そんないい顔をされては追及できません。美味しかったなら良かったですよ」

「そりゃあ彼女の弁当だからな」

「そ、その呼び方はやめてください!」


 頬を染めて言ってくる。正直、可愛い彼女なのでニヤニヤしてしまう。


 付き合い始めてまだ二週間程度。

 それでもこいつの可愛いところはたくさん見てきた。

 心理的には、目を見て「好きです……」と言ってもらったり。物理的には、ハグして長い黒髪を撫でたり、制服が少し浮くくらいの胸を感じてしまったり。鼻血を出したら殴られそうになったが不可抗力だ。可愛いのがいけない。

 身を乗り出してくるこいつの口に、俺は自分の弁当箱から唐揚げを一つとって突っ込んだ。「んぐっ」と奇妙な唸り声があがる。


「それで、世界征服がなんだって?」

「んん! んんぅ!」

「わかったから落ち着け?」


 もぐもぐ、ごっくん。


「……こほん。世界征服とは、言葉通りの意味です」

「断る」

「さ、最後まで聞いてください!」


 と言われても。言葉通りの世界征服なんて、高校生の男女二人にできるはずがない。そしてしたくない。

 仮にできたとしても統制とかめんどくさそうだし、俺はこいつさえいればいい。


「だってさ、世界なんかどうでもよくなるような美少女が俺の目の前に……」

「あ、あ、あなたはまたそうやって……!」


 照れているところも可愛い。

 しかし同時に、クラス中から睨まれたような気がした。


「ほら、この目ですよ」

「ん、この目?」


 俺にしか聞こえない小声。こいつが苦しそうに目を伏せるので、チラッと周りを見回すと、憎らしそうな目が俺たちを見ていた。

 顔を戻して漆黒の瞳を覗き込む。

 相変わらずの小声が少し震えてやってくる。


「いやなんです。私は、ただあなたと笑っていたいだけなのに……どうしてみんな酷い目を向けてくるのでしょう……?」

「そりゃあ……」


 単純に、イチャイチャされるとむず痒い気持ちになるからだろう。

 俺は構わないが、こいつは違う。


「だから私は、世界征服をしようと言っているのです。世界中の人たちに、私たちを認めてもらえるように」

「……そういうことか」

「それで、どうです?」

「断る」

「なぜ!?」


 再び机に身を乗り出してくるこいつの口に、唐揚げをもう一つ突っ込む。


「んぐぅ! んー!」

「まず、世界なんてデカすぎて無理だ。お前に告白するのにも中学三年間かかってるんだぞ。俺のヒヨっぷりを舐めるな」


 こいつの口から箸を抜いて、肉じゃがをもう一口奪う。味付けがほんと俺好みだ。

 ほろりと崩れるじゃがいもに、薄味の出汁醤油が染み込んだ豚肉。口の中が和んでマジうまい。

 「んんんー!」と唸ってるこいつは、多分「また私の肉じゃがをー!」とか言いたいんだろう。唐揚げをもぐもぐしてるこいつの頭に手を乗せて軽く撫でる。


「また作ってくれ」

「…………ん」


 笑みを向け、こいつが唐揚げを飲み込んだのを確認してから俺は咳払いをして話を続けた。


「世界は無理だ。でも、お前が嫌がってるのを放っておくつもりもない」

「……なら、どうしようと言うのです」


 すーっと息を吸い、告げる。


「学校を征服する」


「バカですかあなたは!」

「世界征服とか言ってる奴に言われたくないね!」


 小声のつもりだったがいつのまにか大声になっていて、隣のテーブルからチラリと目を向けられる。ここが窓際だったのと、隣が親友なのが救いだった。何をバカなことを、みたいな柔らかいため息が聞こえる。


「とにかく俺は、学校を征服してお前に楽しく俺と付き合ってもらう。もう決めた」

「こういう時だけ子どもみたいにならないでください……!」

「高校生は子どもだもん」

「……叱りますよ」


 鋭い視線に苦笑する。

 しかしまあ、どうしよう。学校を征服とか言っても、策が何も思い浮かばない。


「征服、何から始めようか?」

「私に聞かないでください……」

「んじゃ、世界征服はどうやってやるつもりだったんだ?」

「まず総理大臣になります」

「バカか却下」

「な、なら大統領に!」

「ここはアメリカかっつーの」

「うぬぬ〜……」


 発想すら可愛い彼女にもう一度苦笑して、俺はその潤んだ瞳をじっと見つめた。


「とりあえず、ご飯くらいなら私がいつでも作ってあげます……」

「そりゃ助かる」


 ちゃっかり手伝ってくれようとする彼女は愛らしく、頰を紅潮させていた。

 その黒髪を軽く撫でてやると、今度は何も言わずにうつむいて、耳まで真っ赤にさせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る