【超短編】女天狗の認知度は今日も上がらない

茄子色ミヤビ

女天狗の認知度は今日も上がらない

 小学6年生の高松ハナ子は、鼻が人より少しだけ高い地味な顔立ちの女の子だった。

 勉強も運動も得意でなく、元々の自身の気質も相まって自己肯定感は地の底だった。


 中学になっても無気力な彼女を見かねた父は、1つの古ぼけた巻物を彼女に渡してきた。

 いつになく真剣な父の勢いに負けハナ子がしぶしぶ紐を外し広げると、それは家系図だった。

 そして父は震える指で家系図をなぞり、ごくりと唾を飲んでから自分たちが天狗の末裔であることを伝えた。


「だから何?」


 疑うことも否定することも面倒だったのでハナ子は端的に尋ねた。

 それを知ったところで何があるというのだ?自慢でもしろと言うのか?と

「誇りある日本三大妖怪だぞ!」

 力説する父の顔を見て、彼女の心はさらに冷めた。

 職に貴賤は無いが、同じ末裔である父もただの英語教師である。

 つまり子孫だなんだとは一切関係がない

 知って何の誇りを持てばいいのだ?とハナ子は巻物をテーブル放り自室へと戻った。

 しかし部屋の外から父の熱い天狗トークは止まらない。


 (ハナ子はほとんど聞き流していたが)父曰く、妖怪とは人からの「畏れ(おそれ)」によって存在し、姿形や能力は人間のイメージが強くなるほど影響が出るとのことだった。


 つまり『天狗の顔は赤く鼻が長い』『自由自在に飛び雷を操る』と一定数の人間が想像すれば、本来の能力を取り戻すことも可能だと言うのだ。

「あのさ…私たちが普通の姿なのは日本中ってか、世界中の人が天狗に興味がないからでしょ?」

 ハナ子が部屋の中でぽつりと言うと、父は寂しそうに居間へと戻っていった。


 高校生になってもハナ子は相変わらずだった。


 しかし動画配信サイトでたまたま見つけた1つのチャンネル。それが彼女の唯一の救いになっていた。


『オノケンタウロスの子孫チャンネル』


 配信者はイタリア人のぱっとしない男性で、きっかけは字幕付きで見た彼の自己紹介動画だった。


「私はギリシャ神話に出てくるオノケンタウロスの子孫です。上半身が人間、下半身がロバのオノケンタウロスですが末裔の私は体毛が人より少し濃くて鼻の下が少し長いだけです。ここは私のようなマイナーなUMAを知ってもらうためのチャンネルです」

 

『コロコッタさんがやってきた!』

『アエテルナエさん来襲』

『ロシアのバーバヤーガさんとコラボ決定!』


 サムネに表示されたのはゲストに呼ばれたどこかの国のUMAだろうか?

 見た目は自分と同じく普通の人間と変わらないじゃないないか。

 そんな事を思ったハナ子であったが、不思議と彼らが自分と同じ境遇であると確信していた。

 そして彼女は意を決して必死に翻訳したメールを彼に送った。

 当然内容は自己紹介とチャンネルへの出演希望依頼だった


─生き生きと喋る彼らにだけにでも、いまの自分を認めてほしい

 

 そんな理由だった。


 そして彼女は生配信でのリモート出演を果たした。

 当然英語なんて喋れなかったので、しぶしぶ通訳を父に頼んだ。

 

 しかし散々言っておいたのにも関わらず、父は暴走した。


 冒頭から話を遮り日本各地に伝わる天狗伝説を語り始め、見事にフリップにまとめられた資料を持ち出し、さらに先祖伝来の家宝と言ってボロボロの団扇や一本下駄を持ち出し熱苦しい解説を始めたのだ。


 放送後の高松家の騒ぎは一旦置いておくとして「天狗の親子の生喧嘩?」「本物の伝説のアイテム!」と放送後にチャンネルは盛り上がり、オノケンタウロスチャンネル史上一番の最大の再生回数を記録した。


 さらにそれをたまたま見ていた中国の大手アプリゲーム開発チームが、1つのプロジェクトを立ち上げた。

 

 そして2年後。


 ハナ子が高校3年生になった頃。

『KAWII 妖怪』というアプリゲームがリリースされた。

 もちろんそのメインビジュアルの中心は、美少女化された巫女装束姿の天狗だった。


 日本でのリリースが遅かったためハナ子はその事実を知らなかったが、世界中でのダウンロード数が一千万回を越えたとき…ハナ子の家の洗面所から悲鳴が響いた。


 肉体は軋みを上げて手足は細くなり、短い黒髪は腰まで伸びきると茶色に変わった。

 そして着古したパジャマは大きな胸で押し上げられたかと思うと、光る粒子が弾けて巫女装束になった。


「どうしたの?!」


 その美少女が立ち尽くす洗面所に、彼の妻と娘が入ってきた。


 美少女になった父は「おそらく…」と、細く美しくなった自身の指でスマホを操作し例のアプリを彼女に見せた。

 そのメインキャラクターの姿はハナ子の目の前にいる父にそっくりであった。

「なんで私じゃないの?!」

 泣き叫ぶハナ子に、父は「天狗」と「女天狗」は別の存在であることをどう伝えようか悩んでいた。

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