【10−3】魔法少女の支えごと③




 雑居ビルの屋上。一人の少女がベージュのコートを拾いながら、杉内ビルを眺めていた。


 その外見は、鋭い眼光に焦茶色の髪。ファニングと瓜二つ……否、全く同一。ただし服装は異なっており、スラリとしたグレーのスーツパンツと、そこにインした黒シャツである。


「このコートが似合うとか……はぁ。羨ましいなぁ、ほんと」


 少女は手鏡を取り出して自身の顔を眺める。ファニングの顔を。そしてひとしきり堪能したかといったところで、その顔が鼠色のノイズで覆われた。


……ザリザリザリザリ……


「……『ファニングの顔』はクローバーのリンチを煽動アンド先導した時に”使った”けれど……。とはいえ、やっぱり自分のが一番だよね。うん」


 ノイズが晴れると、全く違った顔が現れる。鼠色の長髪を眉の位置で切り揃えた、特徴の薄い顔であった。整っていないわけではないが、特筆して美しいわけでもない。


 その少女の名は『シェイプ』。美咲とファニングが取り掛かる本作戦の『回収係』だった。


「しかし……う〜〜〜〜ん……良いのかなぁ」


 シェイプが唸る。静かに、体重が預けられた手すりがたわむ。


「スレイヴもファニングも、ここでには勿体ないと思うけどなぁ。……いくらヤバいのが迫ってるとはいえ、『欠片』の人員なのに、カラフルさんじゃなくて『原石』管轄のルミナスさんが指示出してるし。絶対変だよねぇ……うーん」


 シェイプはポケットに手を入れ、スマホを取り出そうとして、止めた。


「……まぁ、私は指示通りに動くだけか。クローバーパイセンもスレイヴも堕としといて心配するアレもないし。うん。いっか」






―――――


――――――――――


―――――






「やっぱコイツは通んねーかー!?」


 銃声。音より速く飛来した弾丸が、橙色の燕尾服を裂きつつも腕のブロックに弾かれる。


 ファニングは顔をしかめる。数度の交錯を経て、両手のリボルバー共、計十二発の弾丸は撃ち切ってしまっていた。


「分かってんなら……大人しく死ねよッ!!」


「嫌だっつの! こちとら、まだまだ人生謳歌し足りないし!」


 ボクシングのピーカブースタイルめいて突進してくる『赤橙の血』に対し、ファニングは両手のリボルバーをホルスターに収めると、残る一丁を右手で引き抜いて腰の横に添えた。


「コイツは特別製だぞ……っ!」


 新たなリボルバーは、他と比べて銃身が少し長い。スナブノーズ(切り詰められて短いもの)ではないのだ。加えて、明らかに全体のフォルムも大型であった。


「――すぅ――」


 ファニングは細く息を吸い込み、肺に留めて止める。右手の握りを確かめると、僅かに指同士の隙間を作った左手をリボルバーのハンマー部分に添えた。そして。


――ガガガガガガン。


 一瞬の内に射撃する技術『ファニングショット』によって、焦茶色の軌跡を持つ六発の弾丸が、『赤橙の血』の両腕に叩きつけられた。


「うおおッ!!?」


 先より大きな弾丸が、ほぼ同時に着弾することにより齎された衝撃力。そのストッピングパワーは、今まで雑に防御していた物の比では無かった。


 燕尾服の両腕部はズタズタに裂け、進むどころか踏み留まることも許されない。『赤橙の血』は二メートル後方に吹っ飛び、転がって体勢を立て直した。


.44マグナムフォーティーフォー。シングルアクションよ……当然だけど。ロマンも威力も凄いっしょ? まぁ特別製の魔法弾ってのも大きいけどさ」


 ファニングは空薬莢を地面に捨てると、屈んで床を左手で掴む。すると触れていた周囲が薄く抉れ、手の中に六発の弾丸が現れた。そのどれもが焦茶色の光を纏っている。


「前にアンタが襲ってきた時はさ。鎮圧任務に向かってる時だったから持ってなかったのよ、これ。メッチャ悔しかったわー」


「クソッ……ウゼェな」


 『赤橙の血』はそう吐き捨てると、服の両肩から先を破り取る。両腕は焼けた皮膚が裂け、静かな橙色の血の流れを作っていた。


 だが、見るべきはそこではない。肘ほどから二の腕にかけて、乾いた血の染みた包帯が巻かれていた。


 『赤橙の血』はそれらを破り取ると、ナックルダスターめいて両拳に巻きつける。


「血の付いた……。なるほど、つまりそれで本気ってこと」


「さあな。いちいち話しかけてんじゃねぇよ」


「本当にノリ悪いなぁ。気張り詰めすぎてると力を発揮しきれねーぞ」


 ファニングはリロードを終えると、再度リボルバーを腰溜めに構えてハンマーを起こす。変わらず怒気を前面に押し出す『赤橙の血』に対し、トリガーを引き絞った。


「だから……ウザってぇんだよッ!!」


 再度連続した轟音と共に、目掛けて三本の軌跡が銃口から放たれる。それと同時に、『赤橙の血』は両腕を振るった。


 血の飛沫が発光する。そして二メートル飛び、弾丸と交差した瞬間、それが橙色に爆ぜた。色付きの爆煙がファニングの眼前まで広がり、『赤橙の血』を包み込む。


「――それは予想してるんよな!」


 ファニングの口角が吊り上がる。白い八重歯がキラリと光り、反動で持ち上がった銃口を修正する。


 そして残る三発の弾丸を、爆煙の中に叩き込んだ。右、正面、左と、一発ずつ、横にエイムをずらしながら。


 弾丸が纏う風圧によって煙が切り裂かれる。晴れた先には、銃弾を防いだことで足の止まった『赤橙の血』が……居ない。


(――上か!)


 未だ微かに煙が滞留する上方。ファニングが首を上げた瞬間、頭上から橙色の革靴が斧めいて振り下ろされた。


「あっぶな!!」


 ファニングは踵落としを半身になって避ける。そのまま地面を砕く……寸前に勢いが消えると、『赤橙の血』は彼女の眼前に着地した。


「オラァ!」


「うわっ!」


「だから避けんなっつってんだろッ!!」


「嫌だっての!!」


 続けざま、『赤橙の血』が拳を振り回す。ファニングは銃をホルスターへ収めると、撃ち切っていた方の銃を両手で取り出し、銃身やグリップを巧みに扱いそれを捌いていく。


「テメェ……銃なんか使ってんだから、殴り合いならさっさとやられろよ!!」


「体術は体術で、やべー人に仕込まれた経験あんの! その賜物なんだよ!!」


 右拳を捌き、そのままグリップで『赤橙の血』のこめかみを殴りつける。が、衝撃でほんの一瞬怯むのみでダメージは無い。


 同じく、左拳。大雑把で、荒削りで、大振りの一撃。魔法と合わせて強大な威力を持つそれを、やはり巧みにファニングは受け流す。


「この野郎……ッ!!」


 怒りに任せ、『赤橙の血』の動きはどんどん雑になっていく。そのどれもをファニングは回避し、流していくが……。


(このままじゃ……ジリ貧も良いとこ……!)


 『赤橙の血』は両拳に血の染みた包帯を巻きつけている。正面から防ぐことはできない上、当たれば文字通りに必殺の威力を持っているだろう。見た目や動き以上にファニングは焦っていた。


 そんな焦燥の表れか。ファニングは大振りの右パンチを捌いた後、突き飛ばそうと体重を乗せた前蹴りを放つ。


……が、しかし。


「――ッラア!!!」


 蹴りが腹部に命中した瞬間、『赤橙の血』が咆哮する。腹部に叩き込まれたファニングの右足が……否。



――『赤橙の血』の腹部が、橙色に爆ぜた。



「あづっ!? ぐ――ううっ!!」


 ファニングは二メートル後方に吹っ飛び、地面に転がる。蹴った瞬間、とてつもない衝撃があった。それに弾き飛ばされたのだ。


 理解していた。『赤橙の血』は腹にも血を染み込ませた包帯か何かを巻きつけていたのだ。


(……迂闊だった……っ!!)


 うつ伏せに倒れたファニングは、両腕で上体を浮かす。そして直ぐさま立ち上がろうとするが、右脚が言う事を聞かなかった。膝、そして足首が折れ曲がり、ぶすぶすと橙色の残り火が燻っていたのだ。


「ぐ……脚が……っ!」


「ゲホッゲホッ! あークソッ、こっちもいてーじゃねぇか! ゴホッ!」


 爆発の反動で片膝を着いていた『赤橙の血』が、地面を叩いて立ち上がる。彼女のダメージはファニングと比べて明らかに軽い。魔法による防御力に加えて、自身の魔力であるが故、耐性があるからだろう。


「……スレイヴと一緒にボコるべきだったか、これ……。勝てると思っ――」


――勝てると思ったのに。そう言いかけたところで、脳を強烈な違和感が襲う。


(……勝てると思った? 何でだ? …….44マグナムフォーティーフォーがあるからか? いや……それもあるけど、リロードの隙が致命的に……。どうしてそれをカバーするためにスレイヴと一緒に戦おうとしなかった……?)


 過去の自分の行動を、そして思考を思い返す。辻褄は合う。一応の、だが。……しかし。


こいつフォーティーフォーさえあれば勝てると思ってた。それさえあればと思い込んでいた……?)


 チリ、と、頭の後ろに電気が走る。まるで自分の思考に何か、もう一人……まるで別の思考がような。その思考が『大丈夫』と思い込んでいて、それを自分の思考だと認識していたような――。


(……私は何かを……? あの日、『赤橙の血』と初めて戦った日。クリプトに報告して、それで……確か、ミラージュの奴に連れて行かれて――)


 ファニングはリロードも忘れ、起き上がることも忘れ、ただうつ伏せに、上体だけをそり起こしながら呆然としている。そのすぐ眼前まで、『赤橙の血』は迫っていた。


「――どこに……? 私はあの日……誰に会ったんだ……?」


 うわ言めいて、ファニングの口から言葉が溢れ出る。それを聞いてか聞かずか、『赤橙の血』は鼻を鳴らした。


「じゃあ死ね。『宝石の盾』……魔法少女……。全員が同罪なんだよ、テメーら」


 『赤橙の血』は足を振り上げる。躊躇も何も無く。処刑の執行者が持つ大斧めいて、それを叩き落とした。





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