【10−2】魔法少女の支えごと②
美咲の住む茜沢から、車で一時間程度――魔法少女の足であれば十五分弱ほど――にある県の、繁華街よりほど離れた一角にそれはあった。飲み屋街。その側である。
細い路地を通ると、雑多なビル数件に囲まれて出来た約五メートル四方の広場が現れる。どこぞから盗ってきたであろう、地べたに直接置かれたソファーの周囲には三人の少女が居た。
そして、彼女達の奥。3階建ての『杉内ビル』が”目標”の拠点とのことである。『宝石の盾』に攻勢をかける際、拠点にしているのだそう。
(……明らかに弱い。”あの時”やってた身体強化みたいなのも無いし。私や小夏さんが交戦した相手は、上澄みの偵察要員……ってことなのかな)
杉内ビルから大通りを挟んだ、風俗店が並ぶ通りの裏で、美咲は立ち上がる。既に魔法少女衣装に身を包んでおり、黒のロングコートも羽織っている。
そして、足元には血塗れの、十六歳ほどの少女が倒れていた。彼女が着ているのはオレンジ色のパーカーである。
「メッチャ簡単に情報吐いたな。マジで下っ端ってことだぞ、こんにゃろ」
美咲の傍らに立ち、気絶した少女を軽くブーツの爪先で小突くのは『ファニング』。肩まで伸びているツンツン跳ねた焦茶色の髪を野球帽に押し込ており、胸を強調するチューブトップと極短のホットパンツの上にはベージュのコートを羽織っていた。
「……可能であれば、建物内の状況も知りたかったんですが。まさかすぐパニックで話せなくなってしまうとは」
「まーでも上出来っしょ? アイツらのチーム名は『コールドブラッド』ってのも分かったし。……なんつーか、ボスの『
「モチーフというか、考えるところは同じってことですね」
「かも。しかし……」
野球帽のつばを指先で叩き、ファニングが視線を下ろす。
「コイツ、ボスの本名も知らねーとか言ってやがったなー」
「……ええ。単に『リーダー』と呼ばせているとか。嘘でもなさそうでした」
「身バレ防止って事? 可哀想に、下のモンにはそういう気遣いさせてないだろうに。自分本位な奴だわ」
ファニングは壁に寄りかかると、小さな棒付きキャンディーを取り出し、口に放り込んだ。
「……」
その様子を見ながら、美咲はコートの内を確かめる。二本の小型ナイフの重量を。
(魔法少女以外は可能な限り殺すなっては話。隠匿し切れないらしい。……逆に、魔法少女である『赤橙の血』は殺しても良いってことだけど……殺さずに乗り切れるかな)
美咲の心中に暗雲が渦巻く。殺さずに済めばそれに越したことはないが……。
精神的なところとして、出来ることならもう人の命を奪いたくはない。地の底とも言える状態から若葉が救ってくれたのだ。それを無為にしたくはない。
もっとも、以前の構成員との交戦経験からして、殺そうとしたとてそもそも物理的にナイフの刃が通るかも怪しいのだが。
「……」
「なんだよ」
「……え?」
「欲しいの? これ」
美咲の視線に気付いたファニングが、自身の口元を指差す。薄い唇の隙間から伸びる白い棒、キャンディーを。
「いや、そういう訳では――」
「あははっ、遠慮してんじゃねーって。ほら、イチゴしかないけど」
「……ありがとう……ございます」
美咲は手渡されたキャンディーをクルリと回して眺める。原材料名に栄養成分表示。何を読んでいるというわけでもないが、そこにファニングの顔を映していた。
「さーて、後は機を見て乗り込まなきゃなぁ」
ファニングの手が煌めくと、その光の中からスマホが現れる。
「『回収係』に連絡を入れて、そっからウチらで制圧。なんか別作戦と同時進行だから援軍は期待できない……ってので合ってたっけ」
「……はい。そのはずです」
「オッケー、聴き逃して無かったか。ったく、クリプトは声小さいわ喋りが遅いわで聴き取りづらいんだよねぇ。陰気でヒス持ちくさいから訊き返しづらいし……」
言って、ファニングは美咲に視線を向ける。美咲が頷くと、スマホで『回収係』へとメッセージを送った。『赤橙の血』が死んでも死なずとも、『宝石の盾』は何かしらの形で利用する気なのだろう。
「っし、既読ついた。行くかー」
二人は目立たないよう、雑居ビルを経由して屋上へと上る。屋上を伝って奇襲をかける算段であった。
「つってもさ。私は『赤橙の血』と戦ったわけじゃん」
エレベーターのボタンを押して、ファニングが言う。
「アイツ、銃も効かなかったんだよなー。そりゃゼロ距離で頭とか口の中にブッ放した訳じゃないけどさ」
「……」
「『赤橙の血』の魔法だよなぁ、あの防御力。血も爆発するし。わけわかんねー」
ファニングが屋上へ続くドアを、鍵を押し破って開くと、美咲もそこに続く。
「こな――ブレイズさんのように防御力を上回るパワーを持っているか、あるいはそもそも防御を無視して攻撃できる魔法……それが突破口ではありますが」
「まぁその辺だよねぇ。ウチらはどっちも微妙なとこだし、昏睡薬が効くかどうかが重要かなぁ」
ファニングがコートと帽子を脱ぎ捨てる。胸を強調するチューブトップだけでなく、両脇と両腰に装備された計四つの拳銃用ホルスターが露わになった。
「とりあえず……ほら、これ。持っときな」
そこからファニングは一丁、リボルバー式の拳銃を取り出す。クルリと回転させてその短い銃身を手のひらに収めると、グリップを美咲に向けて差し出した。
「良いんですか? ファニングさんの武器が減っちゃうんじゃ……」
「いや、一応持ってた方が良いっしょ。何があるか分かんないし」
「……ありがとうございます」
「使い方分かる? それ、リボルバーはオートマみたいなセーフティは無いから、トリガー引いたらすぐ弾出ちゃうからね」
「トリガー……引き金……。えっと、ドラマのお陰で撃ち方くらいは……」
「オッケー。弾は六発。スナブノーズだから扱いやすいと思うけど……。まぁ、よく考えて撃つようにな」
美咲はスカートのベルトに銃を挿し込む。魔法で創られた銃なのか、あるいは実銃に魔法が込められているのか分からないが、不思議と安定して滑り落ちることは無かった。
「よし、じゃあ今度こそ行こっか。スレイヴは広場から制圧して。私は……二階の開いてる窓からかなぁ。準備いい?」
「……はい」
言って、二人は跳ぶ。ひと息に、大きく。
「んじゃ気つけてねー」
そんな声を背に、美咲は広場へ降り立つ。通りへの道を塞ぐように。黒のコートが、まるで劇場において客席と舞台を区切る
「あっ!? なにアンタ――」
一人、構成員が叫んだ――その瞬間、美咲の右足が腹部にめり込んだ。彼女はただ何の変哲もない人間なのだろう。魔法少女の脚力によって肋骨が折れ、周囲を取り囲むコンクリートの壁へと叩きつけられ、項垂れた。
「マ、マジ!? これリーダーが言ってたまほ――おぐっ!」
もう一人。言葉を遮るように、美咲の右拳による刻み突きが喉に叩き込まれる。続けざまの左拳が腹部にねじ込まれたところで、この少女も膝から力なく崩れた。
「……う……嘘っしょ……? ちょ、あの……やめて……」
最後の一人。美咲は戦意のない彼女を組み伏せると、懐から取り出した昏睡薬ハンカチで呼吸器を塞いだ。
「……後は建物の中、か」
意識を失った少女を跨ぎ、美咲は杉内ビルへ続くドアを開く。このドアは裏口なのだろう。本来の正面入口には、バリケードめいてやや古びた机やソファーが積まれていた。
そして意外なことに、一階はそれだけであった。まさに狭い土地のビルといった狭さであるが、『コールドブラッド』の構成員すら居ない。だが……。
「……綺麗?」
杉内ビルのボロボロな外見に反して、床材から壁紙まで綺麗に整えられていた。奇妙なことに。全て、清潔感のある真っ白なものである。
バリケードに使われている物品と違い、いくつか備えてある机や椅子は綺麗であった。
(さっき外に居た人達……本来はここに居たとか……?)
警戒は解かず、二階へと続く階段を上る。踊り場に人影はない。二階に辿り着いても、ドアが二つあるだけである。
そのうちの一つ、開け放たれていた部屋を覗く。物置きであった。金属のラックが立ち並ぶそこに足を踏み入れるが、奥まった位置にある窓が開いている。どうやらファニングはここから踏み込んだらしい。
と、部屋が無人であることを確認したその時。
――ズドン。
建物内部に重音が轟いた。
「銃声……っ!」
美咲は身を翻し、それの元へ……もう一つのドアへと駆けた。そしてドアを開け放つと、空気が変わる。
「……ファニングさん!」
「お、スレイヴか。メッチャ早かったじゃん」
部屋の中心近く、両手にリボルバーを一丁ずつ構えたままファニングが応える。
部屋の中には気絶した四人の少女。彼女達はいずれも部屋の隅で転がっており、打撃で吹っ飛ばされたものと見える。どうやらこの部屋は、安っぽいドアにも如何なる仕組みがあったのか防音であり、ファニングが暴れた後のようであった。
しかし、ひと暴れした後とはいえ、戦闘は未だ途中である。
「もう一人居やがるのかよ。クソ野郎共が」
ファニングが二つの銃口を向ける先。橙色の燕尾服に似た衣装を纏った、ショートヘアの少女が居た。その目は怒りを携えて吊り上がり、橙色に揺らめいている。
『赤橙の血』、その当人である。
「野郎って……失礼じゃん? ウチら、うら若き乙女だっつーの」
「知らねーよ。テメーらクソ魔法少女の事なんてよ」
『赤橙の血』は見せつけるように拳を握り込み、パキパキと関節を鳴らす。その動作の中、服の右腕部分に細い裂け跡が見える。状況からして、ファニングの銃弾を防いだ形跡だろう。
「……『赤橙の血』、二階に居たんですね。てっきり三階かと」
「いや、今下りてきたとこ。ってことは三階には誰も……少なくとも構成員は居ないってことだと思って、事を構えちゃったわけよ」
美咲は言葉を交わしながら、ナイフを取り出し、『赤橙の血』の背後へ回り込む。と、そんな時。
「あー、スレイヴさ。一応三階の様子を見てきてくんない? なんか不測の事態があったら嫌だし」
構えも、目線も変えないまま、スレイヴが言う。
「っていうか私も銃使うからさ、一人のが戦いやすいし」
「……分かりました」
同意し、美咲も頷いた。
警戒を解かず、美咲は部屋の壁を沿うようにして『赤橙の血』の横を抜けて階段へと向かう。意外か妥当か、不意打ちなどを仕掛ける事は無かった。
やがて美咲の足音が階段を上り切ったところで、ファニングが口を開く。
「行かせちゃって良かったんだ? 上には重要な何かがあって、それを守るために下りてきたとしたら……行かせないためにスレイヴを襲うと予想してたんだけど」
「あぁ? そこを後ろから襲おうって魂胆だったのかよ。くだらねぇ。……つーか、上には信頼できる奴を置いてるしな」
「……マジ? スレイヴ大丈夫かな」
語りながら、『赤橙の血』は距離を詰め、ファニングは同じだけ距離を離す。
「そういやさ。リベンジマッチといく前に、アンタの名前聞いときたいんだけど。ウチらが付けてる『赤橙の血』ってのも長いし、かと言ってリーダーって呼ぶのは流石に無いし」
「うるせぇよ。私にはもう……名前なんてねぇんだ。良いからさっさとかかってこいよ、クソ魔法少女」
「本当、メッチャ口悪いじゃん。まぁ良いや。じゃ、お望み通り……!」
二人の間。ギリギリと張り詰めた空気が、トリガーを引き絞ると同時に弾けた。轟音が室内に響き、弾丸が焦茶色の軌跡を伴って『赤橙の血』へと突き進んだ。
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