【5】魔法少女の頼みごと




 その建物は寂れていた。木造の壁も床も今にも穴が開きそうなほどに歪み、軋んでいる。しかしその様子に反して埃や汚れなどは見受けられず、隅々まで清掃が行き届いていた。


 二階建てのそこの一階。数室あるうち一番大きなその部屋は、俗に言う「憩いの場」であった。一つの大きなテーブルと、それを囲うように置かれた四つの椅子。その真上には古臭い蛍光灯が取り付けられており、小ぶりの窓から入る日差しと共に部屋を明るく照らしている。


 そんな場所に異様なものが混じっていた。椅子に腰かけた、超自然の輝きを放つ少女である。


 少女が纏うのはおとぎ話に登場するお姫様のように華美なドレスと、それを彩る金色に輝く長髪。病的に痩身かつ色白の肌はまるで生気を感じさせないながらも、それでいて妖艶な雰囲気を漂わせていた。


 装いだけを見るのであれば、さぞ軽やかで可憐に振る舞うだろうと。さぞ澄み切った瞳を持つのだろうと、そう万人が思うような少女である。だが、両脚は力なく在るだけで、両手も同じくひじ掛けに乗っかっているだけであり、両目もまたぼろ布のような包帯で覆われていた。


 しかし、それでもなお人を惹きつける魅惑的な声で、両手両足両目の利かない金色の少女――『コネクト』は語る。


「この一ヶ月、わたくしたちと共に居たのです。貴女に危害を加えないということは、既に重々理解していただけていると思ったのですけれど……。ねぇ、『ハピネス』――天羽あもう 聖奈せいなさん」


 声の先、机の対面には茶色の長髪と豊満な身体を持つ少女、天羽聖奈が居た。拘束されているでもない。傷も汚れも憔悴もなく、ぞんさいに扱われていたわけでもない。服もカーディガンにフレアスカートと私服のままである。しかしながら、自由を与えられていたわけでもない。


 その理由はコネクトの隣に威圧的に腰掛ける、仕立ての良いジャケットを着た日焼けした短髪の少女『カラフル』にあった。決して大柄なわけでも、異様なほどの筋肉に覆われているわけでもないただの少女だが、『宝石の盾』の対人部隊『欠片』の頂点に立っている。彼女が居る限り、戦闘能力に乏しい聖奈がこの場からの逃走を試みても、万に一つも成功することはないだろう。


 そんな中、続けてコネクトは語る。


「わたくしたちは貴女の魔法を高く買っております。人々に幸福を与える『幸福の譲与エンハンスド・ラック』。とても素晴らしいわ。……しかしそれ故に制御が困難で、カラフルが奪っては真価を発揮できない。ですから、貴女自身に協力していただきたいのです」


「……」


 聖奈は無言を貫く。この一ヶ月間、何度も同じような説得を受けた。食事をしながら、お茶を飲みながら、はたまた今のようにただゆっくりと座しながら。しかし、ずっと無言を貫き続けていた。


 そんな聖奈の様子を睨みつけていたカラフルが痺れを切らし、苛立ちを隠す気もなく声を出す。


「そのままずっとだんまりで居るつもり? 別にこっちは貴女を痛めつけたって――」


「駄目よ、カラフル。痛みと恐怖による支配は確かに必要なもの。でも、それはこの場所、この時にすべきものではないわ。……申し訳ありません、天羽聖奈さん」


 しかし、それでも聖奈は無言を貫く。コネクトは困り顔で溜息を吐くものの、ふと思い出したかのようにまた口を開いた。


「そういえば! 『クローバー』――一之瀬 若葉さんのことだけれど」


「……っ! 若葉に何かしたの!?」


 聖奈の荒らげられた声に、コネクトは口角を上げて話を続ける。


「いいえ……彼女、わたくしの『コネクション』を断ち切ったみたいなの。ミラージュに追わせようとした直前だったのに……残念ですわ。まぁ、貴女からしたら吉報でしょうけれど」


 コネクトの座る椅子がキシリ、と微かに軋む。それはお開きの合図だった。


「でも、わたくしたち『宝石の盾』は彼女を決して諦めませんわ。貴女には早々に考えを変えていただきたいところです。……わたくしたちの目的は同じ、『人々を救う』ことですもの。よろしくお願い致しますわ。では、また」


 カラフルは立ち上がり、羽毛のように軽いコネクトを抱き上げる。そのまま聖奈を部屋に残し、二階へ続く階段を上がっていく。


「……良いの? こんな悠長にやってて。『プリンセス』に対しての圧力だって弱まったままなわけだし、早々に綾ちゃんにのもそうだけど、聖奈のカードだって強引に切った方が良さそうなのに」


「なに、問題ないわ。今のところ彼女は手に入れただけで充分。『プリンセス』は曲りなりにも警察なんて組織の人間……わたくしたちと比べものにならないほどフットワークは重いわ。それに、綾乃だってもの――」


 コネクトの隠された双眸が金色に輝く。するとその顔は今までの穏やかな笑みが変貌し、芝居がかった尊大な様子で歪み、言葉を発した。


「――私の後継者は予想外に育っているからね。もう寸前だよ、また君たちの顔を……そして、私を殺した彼女の顔を見られるようになるのは。天羽聖奈の懐柔、そして一之瀬若葉の確保はその後にゆっくりとすれば良いさ」


「……そっか。なら待ってる。……


 階段を登り切った先。ダガーナイフが飾られた廊下を抜け、「かなた」と書かれた部屋に入ると、カラフルはコネクトをベッドに寝かせる。そうして自身は傍らの椅子に腰かけ、その顔を見つめていた。


「おやすみ、かなちゃん」


「ふふ……そんな余裕が無いのは知ってるのに、いつも言ってくれるのね。……ありがとう、紡希つむぎ


 この木々に囲まれた建物の名は『宝石の庭』。『輝石』と呼ばれる大幹部であるコネクト、カラフル、そしてルミナスが幼少を過ごした孤児院であった。






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「どうした美咲。寝れなかったのか?」


「いえ……大丈夫です」


 若葉が仕事を終えた翌日。部屋に窓はないものの、時計の針が午前六時を指していた。

 自然とこの時間に起きた若葉が目を開くと、まず見えるのが美咲の顔だった。しかし。


「いやでも、目ぇ真っ赤だぞ? つーか腫れてるじゃねぇか」


「こ、これは……アレルギーです。ハウスダストの」


「ホントかよ? その割にくしゃみもしてねぇじゃねーか」


「へぷちっ」


「おい」


「今は出てないだけです。寝てる時は凄かったんですよ」


「ふーん……って、アタシのシャツびしょびしょじゃねぇか!? もしかしてこれ――おいコラ顔を背けるな」


 早朝特有の空気を肌に感じながら、若葉は変身と解除によって服を綺麗にする。その最中に美咲の様子を窺うが、視線を床に向けたままどうにも落ち着かない様子でベッドに座っていた。


(……こりゃあ、なんかあったな)


 若葉はスマホに『闇医者』からのメッセージが無いこと、そしてバンが停止していることを確認する。


「美咲。ちょっと散歩でも行かねーか?」


「……え? あんまり外に出ないほうが良いんじゃ――」


「良いんだよ別に。『宝石の盾』に見つかったらぶん殴ってやる。ほら、行くぞ」


「――は、はい」


 美咲は背を押されながらバンを出る。陽射しに目を細めながら周囲を見回すと、そこは二人の見知った土地ではないようだった。

 ひんやりとした外気に、道路はところどころヒビが入っている。周囲には高い建物は見当たらない。バンは砂利の敷き詰められた空き地に停まっていた。


「なんつーか……田舎だな」


「でも人家も店もしっかりありますよ。まぁ若干くたびれてますし、通りを外れればもう森やら山って感じですが」


 二人は歩き出す。建ち並ぶ民家はどれも時代を感じさせるもので、庭も広い。土地代が安い相応の場所ということなのだろう。それを裏付けるように、名の知れたコンビニやファミレスのチェーン店は何処にも見当たらなかった。


「個人経営のお店ばっかりですね」


「ああ。しかも流石にこの時間だと閉まってんな。ったく、どっかで飯でも食いたかったがしゃーねぇ……。まぁ散歩だけってのもオツなもんだろ」


「……ですね」


 鳥のさえずりに耳を傾けながら、二人は歩く。涼風に揺れる木々を見ていると、まるで時間がゆったりと流れているように錯覚してしまう。


「美咲」


「……なんでしょう?」


「聞いて良いのか分かんねぇけどよ。なんで泣いてたんだ、お前」


 そう言って立ち止まった若葉の方へと美咲は振り返る。若葉の顔が木々へと向けられているのは、その鋭い目つきでの威圧感を少しでも与えないための気遣いか。


「……いえ、あれは……別に」


「そうか」


「……すいません」


 顔を伏せる美咲に対し、若葉は何も追求しない。ただ一言だけを述べると、すぐ近くにあった店の前に立つ。


「ほらこれ、見てみろよ」


 店外に置かれたワゴンの中には雑多な小物が値札付きで置かれている。かんざしやら小箱やら植木鉢やら、良くわからない土偶か埴輪のような物まで。張り紙曰くそれら全てが手作りのようで、備え付けの箱に料金を支払う形のいわば無人販売だった。


「綺麗なもんから良くわからねーもんまで色々入ってるぞ。田舎とはいえ流石に不用心だよな、全く」


「……確かにそうですね。でも、それだけ治安が良いってことですし。……良い場所ですね」


「ああ」


 若葉はポケットから財布を取り出すと、小銭を箱に放り込む。そしてワゴンの中身を一つ手に取り、美咲に向き合う。


「なぁ、美咲。全部をアタシに言ってくれる必要はねぇ。お前が話したいと思ったことだけ話してくれりゃ良いさ」


「え……」


「自分で言ってただろ。『私は面倒くさいんだ』って。アタシはそれを承知で居るんだ。承知の上で、お前の居場所になってやるって言ったんだ」


 若葉の細くも角ばった指が、優しく前髪に触れる。きっと数え切れないほどの戦いを越えてきたであろうその手には、黄色で厚ぼったいシンプルなヘアピンが握られていた。


「だからな、まだまだ信用できねぇかも知れねーけど……謝ることなんてねぇよ」


 角の削れた、装飾もないシンプルな長方形のヘアピン。それは真っ直ぐな若葉を表しているようで、不器用な美咲を表しているようで。しかし綺麗で、艷やかで、可愛らしくもある。


「安心しろ。どんなだってアタシは一緒に居てやるから」


 目に掛かっている前髪の半分を左に分けてまとめ、目尻の近くでパチンと留める。そうして覗いた瞳は海のように深く、それでいて星空のように輝いていた。


「……若葉、さん……」


「ん?」


「ありがとう……ございます」


「……おう」


 微笑む若葉の隣を美咲は歩く。地面に伏せられていた顔は、既に前を向いていた。


「さ、そろそろ帰るか。『闇医者』には連絡入れといたとはいえ返事ねぇし、いつ出発するか分からねーからな」


「はい! で、その……帰る時なんですけど、えっと……」


 美咲はせっかく上がった顔をまた伏せながら、おずおずと手を差し出す。


「……手を……繋いでも良いですか?」


 薄い唇は固く結ばれ、僅かに震えている。耳まで真っ赤に染まった顔は、ヘアピンのせいで隠し切れていなかった。




―――――


――――――――――


―――――




「ははは! いきなり甘えん坊になったじゃねぇか!」


「むぅ……別に良いじゃないですか」


 まるで仲の良い姉妹のように手を繋ぎながら部屋へと戻るなり、若葉は美咲の頭をわしゃわしゃと撫でる。絹のような髪が静電気でボサボサになるが、むしろそれが嬉しそうに笑っていた。


 そして美咲はそんな手を取り、静かに話し出す。


「……私、夢を見たんです。そこには姉と……その仇のルミナスが出てきて」


「……お前の姉さんはルミナスに……」


「はい。……虚道さんと一緒に居る時に聞きました。ルミナスは『宝石の盾』の大幹部なんだって。私が殺したせいで、なにかの引き金を引いちゃったんじゃないかって……そう思ってて……」


「……そうか。ルミナスをやったのは美咲だったか……なるほどな」


 ベッドに腰掛けながら美咲は語った。全てではないが、確かな心の一端を。紗夜と共に行動していた時には気にも留めていなかった、己の巻き添えで周囲が危害を被るのではという不安を。


 その意図は当然の如く若葉に伝わる。だが、返事は美咲が予測していないものだった。


「ルミナス……奴は死んじゃいねぇよ」


「え……? いえ、でも確実に――」


「ちげーんだ。これを知ってるのは一部の幹部陣だけだが、アイツらの魔法はマジで洒落にならねぇんだよ」


 神妙な面持ちで若葉は続ける。


「コネクトの魔法『コネクション』は自分と他者を繋ぐことが出来る。意識や五感を共有したり……記憶に至っては一方的に流し込むことすら出来ちまう。人格すら書き換える、まぁ洗脳みたいなもんだな」


「……それで、カラフルは……?」


「アイツの魔法は『カラード』。魔力を抜き取って、他者に上書き出来る。……つまりコイツらの魔法が合わされば――」


「……人格と記憶の書き換えに、魔法の上書き……。つまり擬似的に魔法少女を蘇生できる……?」


「――そうだ。組織にとって重要な魔法少女は常に『コネクション』によって見張られてた。このアタシも『闇医者』に解除させるまでそうだったし……勿論ルミナスもな。死ぬ瞬間までの記憶はコネクトの頭ん中に入ってるだろうよ」


「……私が殺したことは、とっくの昔に知られてた……。それでも執拗に追われたりしてないってことは……」


「ルミナスが復活したら、その時に動く腹づもりなんだろ。……相当お怒りかも知れねぇな」


 話を聞いて、美咲は胸の内に暗い火が灯るのを感じる。熱く燃えていながら、それでいてぽっかりと空いた穴のような冷たさも併せ持つもの。憎悪。怒り。復讐心。


 擬似的にでも人を蘇生するその行為は、誰かの犠牲の上に成り立つもの。それをさも当然の如く若葉が語っているということは、つまりコネクトやカラフルにまともな倫理観が備わっていないことを意味していた。


「……」


 美咲は思案する。今の自分であれば、もう一度戦って勝てるだろうか。いや、勝てるかではなく殺せるだろうか。そんな倫理観のない相手であれば、殺したところで別に――


「美咲!! 怖ぇ顔に戻ってるぞ」


「――っ! ……はい……」


 若葉の叱咤で思考の海から引き上げられる。そして自分がまたこの手に血を塗り重ねようとしていたことに気付き、恐怖した。


「大丈夫だっつってんだろ? もしアイツ本人が来たとしても、刺客が差し向けられたとしても、絶対にアタシが守ってやる」


「……どうして」


「あん?」


「どうして若葉さんは……そんなに……。そんなに優しくしてくれるんですか……?」


 関係が壊れることを懸念し、言えずにいた言葉。聞けずにいた疑問。踏み出せずにいた一歩。引いていた線を、胸の熱さに突き動かされるように美咲は跨いだ。


 それに応えるように、若葉も答えた。


「……アタシは昔……聖奈とも出会う前だな。友達を守ってやれなかったんだ。だから正直に言っちまえば、その罪滅ぼしみたいなもん……だな」


「……そうですか」


「でも、だからと言ってお前を見てねぇわけじゃねーよ。それはマジだ」


 それ以上は語らなかった。お互い、何も言及しようとはしない。


(……)


 若葉が美咲を強く想っているのは事実。しかし、美咲の胸の火は燃え続けていた。守ってくれるという言葉を信用していないわけではない。これ以上自分に殺しを重ねないで欲しいという若葉の意思にすぐさま背くわけでもない。


 だが、決意したのだ。彼女の為ならば、彼女の想いを踏みにじることも厭わないと。



「――ったく、朝だってのに暗くなっちまったな! 気ぃ取り直してトレーニングするぞ!!」


 若葉は大きく手を鳴らし、ベッドから立ち上がる。そして変身せずとも美咲を軽々と抱え上げ、笑った。


「ちょ……!? い、いきなり恥ずかしいですよ!」


「っはは!! 手繋ぎてぇって言ってきた奴がなに言ってんだか! ほら、さっさと強くなって――」


 力強く、それでいて優しい笑顔を若葉は美咲に真っ直ぐ向けた。


「――次は聖奈を助けるぞ!」


 若葉によると、あの日聖奈は『宝石の盾』に捕われたが、十中八九生存しているとのこと。


(……聖奈さんは私の知らないお姉ちゃんの何かを知っている。そして、スパイとして接してたとはいえ……若葉さんの友達でもある……はず)


 今度こそ自分が若葉を助ける番だろう。助けられるだろうか。いや、助けるのだ。


「……はい!」


 固く決意を抱いて、美咲は頷いた。





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 周見まわりみ れんは魔物を狩り続ける。『エリアル』という名前を得て、『ブレイズ』の下に師事しながら。自身の願い――月峰綾乃に代わり、人々を救うために。


 早朝、目覚めてすぐに家を飛び出てパトロールを行う。その後帰宅して朝食を済ませ、いつも通り――何故か綾乃の死後でも一切変化のない学校へと通い、そしてスローガンの変わった生徒会の副会長としての仕事を終え、放課後も暗くなるまでパトロール。毎日その繰り返しだった。


(辛くはない……。これが会長の願いだったんだから。あの時、会長は言ってたんだから。今なら思い出せる……『後は任せた』って)


 あの時、綾乃が亡くなってすぐは好奇や哀れみの視線を向けられていたが、それも今では無くなっていた。

 というより、唐突に消え去ったのだ。綾乃がこの学校に居たという記録が、そして周囲の記憶共に突如として抹消されたかの如く。


(……このことは誰にも話してない。軽々しく話すようなことじゃないんだと思う)


 蓮は綾乃を深く想っていた。そして、彼女の死が美咲によって引き起こされたことを知らない。故に疑惑は魔物へと向き、全霊を以て魔物を狩っているのだ。

 せめて自分の周囲で、同じ悲劇を起こさないため。救える人を救うために。


 ただ、そんな純粋な蓮の心にも一つのノイズが混じっていた。


 あの日の前日。蓮は路地裏で、綾乃と一緒に誰かが居たのを見ていた。その時の綾乃の様子は明らかにおかしく、そして亡くなったのは翌日。


 そんな「誰か」をまた見ることになったのは『宝石の盾』に入ってから暫く経った頃だった。一ヶ月ほど前にブラックリストに登録された少女と、まるっきり特徴が一致していたのだ。そんな少女こそが鏡座美咲。


 それに気付いた時、ノイズが混じるようになったのだ。もしかしたら綾乃は――


(――ううん、よそう。私の分かってる確かなことは、会長が皆を守ってたってことなんだから!)


 蓮はノイズを掻き消し、夜のパトロールへ向かうために気合を入れ直す。さっさと家に帰って荷物を置きに行こうと、校門から出たその時。


「居た! おーい、周見さーん!」


 顔と名前を知っている程度の同級生から呼ばれ、駆け寄る。


「えっと……どうしたの?」


「んっとね、この人が周見さんを捜してるんだって。じゃ、私はこれで!」


 彼女が去ると、そこに居たのは到底中学校には似つかわしくない少女だった。紫のインナーカラーが入った髪は低い位置で纏められ、両耳はピアスに覆われている。そして適性より何サイズも上のパーカーに身を包んでいる、どう見ても真面目には見えない外見。


「やっほー。周見 蓮ちゃんだよね?」


「そうですけど……。すみません、貴女は?」


「私は『ミラージュ』――って名乗ればまぁ分かるでしょ?」


「……っ! そ、そっちの方でしたか! 改めましてエリアルです!」


 ミラージュ。そんな名を恥ずかしげもなく名乗るのは、つまり魔法少女である。そして自分に接触してきたということは、彼女も『宝石の盾』所属であるということ。


「あの、それで私を捜してたっていうのは……」


「ちょーっと用事があってね。今から時間ある?」


「今から、ですか」


 蓮は暗くなり始めた空を見上げる。これからパトロールの予定だったが――。


「あ、周見ちゃんがいっつもやってくれてるパトロールなら、今日はクリプトに頼んどいたわ。その辺の根回しはばっちしよ」


「へ? ……な、なら大丈夫です! えっと、着替えたほうが良ければちょっとお時間とか――」


「大丈夫大丈夫! ほら、とりあえずどっか物陰行こっか」


「え、あっ、ちょっと――!」


 見た目に反して力の強い細腕で、住宅地の路地へと引き込まれる。そしてミラージュは周囲を確認すると、パーカーからダガーナイフを取り出し街路樹に隠すように突き刺した。


「え――」


 そして蓮が奇行に疑問を投げるより早く、制服の袖から覗く白い手をしっかりと握った。


「――はぁっ!? あの、何をいきなり……!?」


「ごめんねぇ。一緒ににはこうしなきゃいけないんだよねー」


 いたずらっぽく笑う綺麗な顔に目を奪われたその瞬間、視界の端が歪む。気が付くと、家やらブロック塀やら茜色の空が、古びた木の板へと変貌していた。


「――え? えええっ!?」


 周囲を見回すと、それは単なる木の板ではない。壁であり、天井であり、床である。住宅地から建物の中へと一瞬で移動していたのだ。


「あ、あのあのっ! これって何が……っていうかどこなんですか!?」


「あっはっはっは! 良いリアクションするじゃん! ここはね、『宝石の盾』の本拠地。んで、彼女が周見ちゃんを『呼んでこい〜!』って私に命令した人」


「はいい!? ほ、本拠地!?」


 蓮は戸惑いを隠せないまま、ミラージュの指差す先を見る。すると、自分の立つ廊下の最奥。「かなた」と書かれた部屋の扉が開き、仕立ての良いジャケットを着た短髪褐色の少女――カラフルが現れた。


「……遅かったな?」


「サーセンね、この子の下校を待ってたもんで。カラフルさんと違って学校行ってるからさぁ」


 カラフルに睨み付けられるのも意に介さず、ミラージュは手をひらひらと振って踵を返す。そのまま階段を下ろうとするところに、蓮が待ったをかけた。


「ちょ、ちょっとミラージュさん! カラフルさんって、その、すっごい偉い人じゃ……!? 私はどうすれば……!?」


「ごめんねぇ。私はお腹空いちゃったからさ、後はその怖いおねーさんから聞いてちょ」


 そうしてミラージュは振り返ることもなく姿を消す。取り残されたのはさっぱり状況を理解していない蓮と、ミラージュのいい加減ぶりに溜め息を吐くカラフルのみ。


「……悪かった。あいつは優秀なんだけど、同時に適当なんだよ」


「い、いえ……そんな……」


 見た目の印象に反した気遣いを見せるカラフルに、蓮は少し安堵する。


「あの、それで……私はどうしてここに……」


「あぁ、それすらも説明されてなかったのか。……分かった。ここじゃなんだし、落ち着けるところで話そうか」


 カラフルは「かなた」の扉を開き、中へと手招きする。


「良いよ。こっちへ」


「は、はい!」


 蓮は屋内で靴を履いたままなことも忘れ、扉へと歩いてゆく。そこからは懐かしいような、恋しいような雰囲気――あるいは気配のようなものを感じるのだ。



 そして、その正体がそこに居た。金色の燐光をはらはらと散らす、病的に細身ながらも艶かしい少女『コネクト』が。


「こんばんは。来て下さって嬉しい……というより、相当ムリに連行されたようで。わたくしから謝罪致しますわ」


「い、いえ! そんな!」


 コネクトは上体だけを起こすようにしてベッドに座りながら、ただ優しく語りかける。ただそれだけであるにも関わらず、薔薇の香りのような妖艶さを漂わせていた。


「申し遅れました。私は『コネクト』。宜しくお願い致しますわ……エリアルさん」


「は、はいっ! こちらこそよろしくおねがいしますっ!」


 蓮は素っ頓狂な声で挨拶を返すが、そのまま硬直してしまう。頭がこの状況に追い付いていなかったのだ。

 そんな様子に、コネクトはクスリと笑う。


「ふふっ……。どうぞ、そこの椅子にお掛けになって。あまり質の良いものでなくて申し訳ないのですけれど」


「いえっ、いえいえそんな――わたたっ!」


 慌てて転びそうになりながらも、蓮は木の温かみが詰まった椅子に腰掛ける。


「さて。ここに貴女をお呼びした理由についてですが……お話しても宜しいかしら?」


「……はいっ……! 大丈夫、です!」


 未だコネクトの雰囲気に気圧されながらも、蓮はなんとか平静を保って言葉を待っていた。

 そして呼吸がやや落ち着いたのを見計らったように、コネクトが口を開く。


「貴女に……『ルミナス』を継いではいただけませんか?」


「……へっ?」


 またしても頭が追いつかなかった。ルミナスというのは会長の――月峰綾乃の名であり、それが『宝石の盾』においてとてつもなく高い地位にあることは知っている。だからこそ、理解が追いつかなかった。


「あ、あのっ? 私が、え……継ぐ? 何を……じゃなくって、何でそんな……私……!?」


 全く纏まらない言葉で、なんとか意図を伝える。蓮が継ごうとしていたのは、綾乃の地位ではなく意志と願い。だからこそ、持ちかけられた提案は全く予想外であった。


 あたふたする蓮に対し、コネクトは相変わらずの笑顔でゆっくりと確かに言葉を続けた。


「貴女がルミナスの――綾乃の想い人だったからですわ。……周見 蓮さん」



「――……へっ……?」



 扉の前から感じた懐かしいような、恋しいような気配がまた広がっていた。そのせいか、あるいは。

 またしても、蓮の理解はまっっっっっったく追い付かなかった。





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 魔法少女『ミラージュ』――木枯こがらし 小冬こふゆは孤児院『宝石の庭』を出ると、獣道と見紛ってしまうような山道を消えかけの夕陽を頼りに降りてゆく。

 穏やかな自然の香りが空きっ腹に響くのを堪えつつ三十分も歩くと、大きい割にくたびれた平屋や個人経営の飲食店、酒屋などがまばらに現れ出した。


「お、関さんのとこの商品売れてんじゃん。めずらしー。……んじゃ記念に私も買ってったろ」


 小冬は道すがら、とある店の前に置かれたワゴンの中から黒いリボンの付いたかんざしを手に取ると、傍らの箱に小銭を入れる。


「和洋折衷って事なんかなこれ。ま、面白くて良いじゃん」


 それを弄びつつまた小冬は歩く。木々の隙間を歩くタヌキを遠目に見たり、路肩に倒れた自転車を立て直したり、畑を囲う有刺鉄線の歪みを直したりと沢山の道草を食いながら。


 そうして白い大型のバンが停められた空き地の先、一つの定食屋の暖簾を潜った。すりガラスの引き戸を開くと、途端に喧騒が飛び出してくる。


「よーっすおばちゃん! 元気〜?」


「あら冬ちゃん! 元気よ元気! 今日は夏ちゃんは?」


「んーん、私だけー」


 小冬は店の明るさに負けないほど元気で若々しい店主と挨拶を交わすと、賑やかな店内を一瞥する。


「なんかめっちゃ混んでんね?」


「そうなの。今日はミーちゃんが手伝いに来てくれる日だからよ。全く、美人さんが来たときだけいきなり忙しくなるんだから! 厨房に居るけど挨拶してく?」


「んーん、いいや。どうせ忙しいっしょ」


「まーねぇ。冬ちゃんには悪いんだけど、入るなら相席になっちゃうよ? 良けりゃ適当に座っちゃいな。どうせこんな田舎じゃ顔見知りばっか――あ、そういえば」


「ん、どったの?」


「いや、珍しいお客さんが来たんだっけ。冬ちゃんと同じくらいの……姉妹かしらねぇ。窮屈にしてたら可哀想だし、邪魔にならなそうなら話し相手にでもなってやんなさい。奥の座敷に居るから」


「確かに珍しいねぇ。おっけー、任しとき! あ、水自分で持ってっちゃうよ」


 意気込みを示すようにぐるぐると肩を回し、騒々しい店内をずんずん進んでいく。顔見知りに声をかけ、または絡まれながら、奥の座敷に上がる。


「ちはーっす! お食事中のところ済みま――」


 障子戸で視界を遮られた向こう側、席に着いていた二人組と視線がかち合う。


 一人。肩までの髪をぴょこぴょこ跳ねさせながら、口いっぱいにご飯を頬張った少女。鏡座美咲。黄色のヘアピンで分けられた前髪から覗く瞳は闖入者を見ていながらもキラキラと輝き、生姜焼きの美味しさを物語っている。


 そしてもう一人。ツンツン外にハネた髪の少女――一之瀬若葉は、カツ丼を頬張る手を止め、鋭く吊り上がった目を大きく見開いた。


「――おやぁ? これはちょーっと予想外な展開かなぁ〜」


「ふぇめっ――んむ。テメェは……!!」


「……っ!?」


 美咲はリスのように頬を膨らませながらも、若葉の雰囲気の変化に気付き、立膝になりナイフのように箸を構える。


「おーっと、こんな人の多いところでコトを構える気してんの? 落ち着きなって。あ、それと相席させてもらうわ」


「んだと……?」


 警戒する二人を意に介さず、小冬は席に着く。


「……さん、この人は?」


「ミラージュ。本名、木枯 小冬。小夏の姉で、『宝石の盾』の幹部……それも『欠片』の最上位クラスだ」


「なんっ……!?」


「そう。そしてともそこそこの知り合い。あんたもアレでしょ、変身してないけど鏡座美咲っしょ?」


 へらへらと笑いながら指を差す小冬を美咲は睨み付ける。若葉が言うには、対人特化の魔法少女である『欠片』の最上位クラス。つまり一切油断のならない相手である。


「テメェ、なんでこんなとこに居やがるんだ? 探知系のヤツの差し金か?」


「あ? それはこっちのセリフなんだけど。ここ、私の小さい頃からの馴染みのお店だから。……おばちゃーん! 私レバニラ定食でー!」


 小冬は注文を通すと、その大きなパーカーを脱ぐ。下はただのトレーナーであり、二人に袖口を見せ付けることで武器が無いことを確認させる。つまり、本当に敵意がないことの証明だった。


「今めっちゃ混んでるじゃん? んで年の近い人が居るって聞いて、相席をお願いしに来てみたら……びっくり仰天ってわけ」


「……マジで偶然で、やり合う気はねぇんだな?」


「そう言ってんじゃん。殺れば褒賞金は出るだろうけど、今のところ金にも困ってなきゃ命令も出てないし。つーか、そもそもここご飯屋さんだよ? 殺すとかあり得ないっしょ」


 二人は倫理観に満ちた発言を突きつけられ、やや狼狽えて顔を見合わせる。若葉は言い返せず受け入れているようだったが、しかし美咲の思考は違った。


(……相手に戦う意思はない。つまり、必ず先手が取れる……。ほぼ確実に殺せる)


 そうして意識を集中するものの、若葉は目線でそれを制した。直後、足音が迫る。


「――はいレバニラお待ちどう!!」


「おばちゃんありがとー! この二人ね、ちょうど私の知り合いだったわ!」


「そんじゃあ心配は要らないね、良かった良かった! お姉ちゃん達も混んでるとか気にしないで、ゆっくり食べてってね」


 店主が笑顔で厨房へ戻るのを見届けた後、小冬は笑顔で料理に箸をつける。それを見た若葉の溜め息を合図に、美咲も肩の力を抜いて座り直した。


「ね、ここの料理美味しいっしょ?」


「ええ凄く。……今しがた余計なスパイスが加わったようですけど」


「ほー、敵とは雑談もしたくないってこと? あんたってそんなツンツンキャラなの。覚えとこっかなぁ」


 小冬はニヤケ面を崩さず、二人へ交互に視線をやる。


「つーかさ、あんたらこそどうしてここに居んの? 片や責任放っての逃亡者、片やブラックリスト入りのやべーやつだってのに」


「……どういう意味だよ?」


「は、何? マジで偶然!? あっはは、おもしろー!! 教えんとこ!」


 笑いながらも器用に、そして存外綺麗に食事を続ける小冬。それを他所に若葉はカツ丼を一気にかき込み終えて立ち上がる。


「ちょっと手洗い行ってくるわ」


「いってらっしゃーい。あ、トイレの中から『真眼』使って何か探そうだなんて思わない方が良いよ」


「……チッ、そうかよ!」


 思惑をピンポイントで潰され、露骨に苛立ちながら座り直す。


「あっれぇ行かないのー?」


「うるせぇよ」


 美咲はその間も食事を続けるが、言葉は発さない。というより安易に発することができなかった。


(私達とこのミラージュって人じゃ持ってる情報が……手札が違いすぎる。『闇医者』さんの立場も踏まえて、些細な情報も渡すべきじゃない)


 あくまでこの場では一緒のテーブルで食事をしているが、間違いなく味方ではない相手。かつて紗夜と共に居た頃の自分であれば、こんな場所でも構わず不意打ちを狙っていただろうと、何処となく他人事のように思う。心中には安堵とも落胆ともつかない感情が渦巻いていた。


「ねぇねぇ、鏡座美咲……。美咲ちゃんって呼んでいい?」


「……」


「無言の肯定って受け取っとくわ。美咲ちゃんさ、歳はいくつ? 何のために戦ってんの?」


「……どうして教える必要が?」


「おー酷い。こっちはただ楽しくご飯を食べようとしてるだけなのになぁ。じゃ、そういう話はいいや。辛いのは好き?」


「……」


「私ね、辛いの好きでさ。そこの七味取って欲しいなぁ……なんて。ここからだと腕伸ばしても届かないのよ」


「嫌です。自分でどうぞ」


「えぇ〜。全く取り付く島もないのは困るなぁ……話を発展させようが無いじゃん」


「させる必要ありませんから」


「……いや、そんなこと無いでしょ。だってアレでしょ、二人は天羽聖奈を捜してるんでしょ? なら私から情報を引き出しといた方が良いんじゃないの?」


「――っ!」


 場の空気が一瞬で凍りついたのを感じ、美咲と若葉は顔を見合わせる。その様子を見て、小冬はニヤつきながら言葉を続ける。


「ほー。若葉はもとより、ツンツン美咲ちゃんも意外にポーカーフェイスが苦手と見える」


「……テメェ、何でそれを知ってやがる?」


「あ? そんなの、若葉が離反したタイミングを考えれば容易に分かるでしょ。天羽聖奈をとっ捕まえた後にいきなり逃げて、そんでスパイとして関わってたはずの美咲ちゃんとこうして仲良くご飯食べてるんだもん。気付かないほうがおかしいでしょ」


「……」


 美咲は話を聞きつつも、小冬の真意を測りかねていた。言葉を信用するのであれば、殺害命令も出ておらず、褒賞金も要らないとのこと。

 では、なぜ今このタイミングでここまで話を広げようとするのか。情報を引き出そうにも、対応からして効率的でないのは分かっているはずなのに。


 しかしながら、その疑問の答えは実にあっさりと明かされた。


「美咲ちゃん。あんたさ、二ヶ月前……『ブレイズ』って魔法少女と戦ったでしょ」


「……っ!」


「あの子は私にとってちょっと……いや、かなーり大事な存在なわけよ。唯一の妹だし。それを痛めつけてくれちゃって、ねぇ?」


 小冬の言葉に込められる熱が、そして圧力が強まる。単純過ぎる答えだった故に、逆に美咲が思い当たらなかったのだ。


 自分が一番最初に行った「復讐」。それと全く同じだというのに。


「もし天羽聖奈の情報が欲しければ……ってね。早い話、美咲ちゃんのことぶん殴りたいって思ってたわけよ」


 ギシリと机を歪ませ、小冬が腰を浮かせる。


「おいテメェ、妙な動きすんじゃねぇぞ!」


「バーカ、落ち着きなって。七味取るって言ってんじゃん」


 伸ばした細腕は美咲の前を横切り、対面に置かれていた七味の瓶を掴む。それに二人がほんの僅かに警戒を緩めた、その瞬間だった。


「うあッ!!?」


 小冬が瓶の蓋を圧し折り、若葉の顔面へと中身をぶち撒ける。唐突な奇襲に美咲が立ち上がろうとするも、時すでに遅し。


「――若葉さ――」


「他人の心配する余裕あんのかよ」


 小冬は腕を振るった勢いのまま、片手で自分のパーカーを、そしてもう片手で美咲が若葉へと伸ばした手を掴む。


「――バーカ、簡単に信じやがって」


 その瞬間、二人の姿が消えた。


「な、ぐううっ! 美咲!?」


 若葉は唐辛子が目に入った痛みと涙で霞んだ視界ながら、どうにかその光景を捉える。


(ヤベェ……美咲と一緒に飛びやがった!!)


 店内の喧騒は密度が高く、この場で起こる騒動に気付いている人は居ないらしい。若葉は財布から取り出したお札を何枚か机に置くと、出口の扉に向かって駆けた。


「すまねぇおばちゃん! お代は机に置いとくから!!」


「あらどうし――」


 何か優しい言葉が聴こえたが、それを背にドアを閉じて月夜の下に立つ。正面の森の中に駆け込んで変身すると、明瞭になった視界で脚力の限り跳んだ。


(畜生、やっぱり『真眼』じゃ追えねぇ! どこだ……アイツはどこに飛んだ!? どうする……考えろ! 猶予はねぇぞ……!!)


 美咲を守ると誓った。守ると言った。にも関わらず何という体たらくだと、何という大馬鹿なのだと自分を恥じながら跳ぶ。駆ける。

 爪が食い込み、血が滲むほど拳を握りしめながら。



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