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「ねえ、本当に大丈夫なの?」
意識が引き戻される。
声の主は心配している、といよりも怪訝そうにしていた。
「さっきから、ぼーっとしちゃって」
ここはどこだろう。
かなり歩いたような気がするが、相変わらず景色に変化はなかった。
ハラヒラと舞い踊る桜吹雪。
「それにしても、綺麗だよね。お酒もいいけど、こんな場所でのんびりお茶でもしたら、気持ちいいんだろうな」
記憶のふちを何かが掠めた。
前にも誰かから、同じことを言われたような気がする。
「ああ、コーヒー飲みたいな。自販機で買えるような甘いのじゃなくてさ、苦くて、香ばしい匂いがするちゃんとしたコーヒー」
そう、コーヒー。
あの時も。
——コーヒーを飲んだ。
ペットボトル入りの、甘いコーヒーだった。
コーヒーは苦いから嫌いと言う私に、彼がくれたのだ。
今にも零れ落ちそうになりながらも枝にしがみつくこんもりとした桜が、あの時の私にはいじらしくも綺麗に感じられた。
あ、これなら大丈夫。
それはよかった。
微笑む彼の背後には、八分咲きの桜が彩りを添えている。
こんな場所でのんびりお茶でもしたら、気持ちいいと思ってさ。
言って、彼は持参のマグボトルから甘くないコーヒーを啜る。
体を揺すられた。
「いい加減自分で歩いてよ、重たいなあ」
ハッとして顔を上げれば、変わらず舞い狂う花弁に包まれた、桜の森の満開の中。
ここはどこだ。
ふと、正気を取り戻した気がする。
いくらなんでも、おかしくはないか。
こんなに歩いているのに、一向にひとけのある場所にたどり着かないなんて。
そもそも、お花見をしていた公園はこんなに広くなかったし、近くに桜ばかりが続く森だってなかったはずだ。
私はこんなところで何をしている?
「なに、その顔。せっかく思い出させてあげようとしてるのに」
声の主がくちびるをとがらせる。
私は、今になってようやく声の主の顔をしっかりと見た。
背筋が粟立つのを感じる。
にたあ。
声の主が嬉しそうに笑った。
「ああ、やっと気が付いたね」
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