神々の山嶺 ~The Creators Landing Point~

げこげこ天秤

お題:「いいわけ」

「それで? 遥音はるねはこのタイトルで?」



 そう黒峰くろみね六花りっかが問いかけると、石階段に腰をかけていた雪野ゆきの遥音はるねは、静かに「うん」と頷いた。ふと、吹いてくる風に春の温かさを感じながら、眼下に目をやると生まれ育った町が広がっている。ここは町にある小高い山の頂上付近。そこにある小さな神社の境内だ。


 そんな人気ひとけのない境内に、今日は三人の少女の影があった。黒峰くろみね六花りっか雪野ゆきの遥音はるね照月てるつき琥珀こはく――ガールズバンド・S/Nスターズ・ナラティヴのメンバーである。



「ごめんね、変なお願いで」



 お気に入りのカエルのパーカーを羽織る雪野ゆきの遥音はるね。彼女はバツが悪そうに、二人に作曲のお願いをする。普段は、作詞作曲はくじ引きで決めるのが、S/Nスターズ・ナラティヴの慣習だったが、今日はリーダーである雪野ゆきの遥音はるねの個人的なお願いだった。



「二人には、『神々の山嶺』ってタイトルで、作曲してほしいんだ」



 リーダーとしてのお願いというより、幼馴染としての頼み。「なにそれ、面白そう」と乗り気な照月てるつき琥珀こはく。作ることに関しては、やぶさかではない。その点に関しては、黒峰くろみね六花りっかも同感だったが、他方で彼女は眉を顰めた。「本当にそのタイトルでいいの?」と。どこかで聞いたことのあるタイトルだと訝しむ。


 その様子を見た雪野ゆきの遥音はるねは、困ったように笑う。それから、ゆっくりとタイトルに込めた意味を話し始めた。



「この神社はね、三人にとって特別な場所。小さいころの遊び場所もここだったし、受験の合格祈願もここだった。――それから最初の曲を作ったのもここ」


 小学生のころに、勝手に太鼓をたたいて怒られた。そんなこともあったなと、雪野ゆきの遥音はるねは思い出して苦笑いを溢した。


「私たちは神々クリエイターズ。そして、そんな神々が集うこの場所は、山嶺ランディングポイント。……私たちが生きた証拠を、歌として残したい。急にそんな気持ちが湧いてきちゃって」

「あー、そういうね」

「……冷静な六花りっか。きらい」



 頬を膨らませる雪野ゆきの遥音はるね。そんな彼女に対し、溜息をつきながらも黒峰くろみね六花りっかが「けど、大切な約束なんでしょ?」と告げると、雪野ゆきの遥音はるねは照れくさそうにし始めた。「神々の山嶺」というどこか既視感のあるタイトルにも関わらず、作品を作らなければならない理由は、雪野ゆきの遥音はるねが大切な人物と交わしてしまった一つの約束が原因だった。



「じゃっ、作曲は私がするねーっ!!」



 不意に、照月てるつき琥珀こはくはケースからバイオリンを取り出すと、軽くチューニングをこなして、フレーズを弾き始める。壮大で、荘厳で、それでいて桜の花びらに包まれるような温かな旋律。口裏を合わせたかのように、黒峰くろみね六花りっかもまたベースを取り出して、ベースラインを奏で始める。そして、時折その手を止めては、スマホに思いついた歌詞をメモしていく。



六花りっか。そこのコード進行は、フン♪ フン♪ フーン♪ の方が良くない?」

「相変わらず、コード名を覚える気ないでしょ……。こういうことでしょ?」

「そうそう!! さっすが六花りっか、分かってんじゃん!!」

「なら、メロディーラインは変えた方がいいかも」

「こう?」

「そう」



 ついに作曲を始めてしまった二人を見ながら、雪野ゆきの遥音はるねはいつの間にか自分もスティックを取り出しては、カエルのパーカーを脱いでクッション代わりにするとリズムを刻み始めていた。


 はじめは、作曲・照月てるつき琥珀こはく×作詞・黒峰くろみね六花りっかで作るはずだったものも、いつの間にか、三人がその壁を取っ払って作業を始めていた。三人で作り上げた歌詞。三人で作り上げた旋律。まるで、夜空の星の一つ一つが物語を描くのではなく、それぞれの星が一つの物語を描くように、三人の輝きが一つになっていく――星々の物語スターズ・ナラティヴ


 音楽を奏でる星々。


 星座の数と、ピアノの鍵盤の数が同じなのは、きっと仕組まれた偶然なのだろう。








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