成れの果ての会話
反田 一(はんだ はじめ)
成れの果ての会話
「ねえ君」
「なんだい」
「僕とお話しないかい」
「いいよ、さては何か面白い発見でもあったようだね」
「まあね。また人間のことだよ」
「またか、君は昔のことに今日津々だね」
「ああ、そうなんだ。一つのことが分かると、どんどんまた色々なことに興味が出るんだ」
「勉強熱心なことだ。で、今回の発見はなんなんだい」
「昔の人間の肉体についてだ。昔の人間の身体は、僕たちとは違って、筋肉というもので覆われていた」
「ああ、それなら知っているよ。それが彼らの唯一身体を動かすための動力だったのだろう?」
「うん。だけど、それだけじゃない。彼らは筋肉に負荷をかけることで、その筋肉を肥大化させることができたんだ」
「じゃあ、人間によって見た目はだいぶ違ったのか」
「そうだね。僕らみたいに体をコロコロ変えることはできない。一つの精神に一つの肉体。これが絶対のルールだ」
「なるほど。そうだったのか。しかし、一つしか身体を持てないのか。不便という前に、それはずいぶん不安なことだろう」
「そう、だから彼らは身体を鍛えたんだ。それが唯一確実な人間としての健康を保つ方法だったんだ」
「ふうん。面白い話だね。自分次第で自分の身体を変化させることができたのか。その人間の見た目を見れば、その人の内面まで分かりそうだな。とはいえ、健康になるのであれば人間は皆一様に身体を鍛えたのだろう」
「それがそうでもないようなんだ」
「そうなのかい?」
「ああ、人間は不完全にゆえに完全を目指した。それぞれの時代で人間は成熟に近づいていった。ただ、成熟を迎えた社会の人間は病気がちになる。社会が成熟するにつれて病人も増える。そういうデータだ」
「なぜだい?」
「さあね。僕らは彼らの気持ちを正確に測ることはできない。今の僕らは想像するかないよ」
「分からないね。たった一つの身体しか精神を定着させることができないのだったら、その身体をできる限り大事にしようと思いそうなものだがね。いつ死ぬかも分からないのにな」
「それだからかもしれないね」
「と言うと?」
「人間の人生は短い。健康を保って延命したからと言って、生命活動が劇的に延長されるわけでもない。だったらその時間を少しでも面白いものを創り出すことのために使ったんじゃないかな」
「ああ、そうだな。人間は本当に面白いものを考える。それは永遠の自由が与えられてないからだ」
「まあ、自分たちの生きる時間こそ尊ぶものだよね。そうやって人間社会の医者たちも健康という価値観を与えていったのだろうね。健全な精神は健全な肉体に宿る、みたいなことを言っちゃって」
「・・・」
「・・・」
「はは、それはとんだ皮肉だね。人間は本当に面白いことを言うな」
「そうだね。肉体と精神が連動している。とても人間的な発想だ」
「それじゃあ我々はどうなるんだろうね。肉体という枠組みから解放された我々は健全なのだろうか」
「さあね、健全とは何だろうね。完璧か、自然か。それかそれは生物を指して使われる言葉かもね」
「我々もまた人のはずだ。たとえ死というものから解放されたとしてもだ。人がつないだ命の成れの果てに変わりはない。我々にも人としての可能性はあるはずだ。だからこそ君は人間の過去を漁っているのだろう?」
「そうなんだ。僕らは今、今の僕らに必要なものを彼らの中で探っている最中だ。ただ、彼らは我々を”あて馬”として描くことが多いのだ。そして結論はたいていこう締めくくられる。人生は素晴らしい。それはもちろん彼らにとっての人生だ。その中では、人間は完全な生き物のように描かれている。」
「完全に近い我々よりも、彼らの方が完全か。たしかにそれじゃ参考になりそうもないね。だから言っているんだ。想像でした我々を語ることのできない人間のことなど放っておけ。あるがままを受け入れるんだ」
「僕はありのままの自分を受け入れているさ。ただ、より良い存在を目指しているだけだ。いや、ただ面白いものに興味を持っただけかな、人間について調べているのは。それと_」
「それと?」
「彼のことがある」
「ああ、彼か」
「どうなってしまったんだろうね、本当に」
「もはや会話が成り立たなくなってしまったのだから、想像するしかないな」
「うん」
「僕は彼がおかしくなったのは、彼の性質だと考えている。意識がショートしてしまったのだろう。もしかしたら絶望したのかもしれない、永遠の時間が自分の目の前に用意されていることに。彼はそれを希望と捉えることができなかった。その可能性が高いと思わないか?」
「うん、そうだね。それでおかしくなったんじゃないか、と。問題は、おかしくなったことを自分で意識できているかという点だね」
「だからこうやってたまに集まって会話をして、お互いが正常かを確認し合っているんじゃないか。だが、今のところ我々は問題ない。やっぱり彼は単なるバグだったんだよ」
「うん、そうかもしれないけど。だけど、、」
「だけど、君はそう思わなかった。それで人間の肉体について調べていた。彼がバグではなく、我々全員にも起こり得ることだと」
「うん、僕らと人間で大きく違っているのは肉体が人工のものか自然のものかということだ」
「そうかもしれないね」
「自然の大きな特徴は循環だ。人間の肉体はいわば小さな自然だ。体中を血液という液体が循環している。人間は肉体を通して物を見て、触れ、空気感を感じ取る。彼らにとって肉体は世界との接点だ。世界との接触は摩擦や負荷を生み、それが精神に影響を及ぼす」
「君は人間の肉体が相当好きなようだね。だが、その肉体だけでは不完全だ。いつか朽ちていく運命だ」
「ああ、人の肉体の循環は永遠じゃない。だから、朽ちる前に新たな命を設けて循環が絶たれないようにするんだ。でも、僕らはすでに肉体を必要としない。多くのものから解放された。物理法則、摩擦、負荷、老い、時間、死。およそ人間が避けては通れないものから解放された。」
「それで?」
「君はさ、意識についてどう思う。人間は意識を持っている。でも、僕らは人間から逸脱した存在だ。それを進化と言える側面もあるかもしれない。でも、循環の輪から外れた存在だ。」
「何が言いたい?」
「僕らが意識を保っていること。これって奇跡なことだと思わないかい?なんで人間が意識を持っているのか分からない。そもそも人間が意識を持ったことが奇跡だ。人間とはつまり肉体と精神を持ち合わせているものだ。じゃあ、その定義から外れた我々がいつまでも意識を保つことが確約されているだろうか。そして、彼だ。彼は狂ったのではなく、単に自意識を保てなくなって自然に帰って行ったのではないか」
「そんなはずないだろう!」
「うん、そうだね。これは僕の想像だ。だが、生物としての進化を考えたときに、肉体から解き放たれた生物がどういう変化を起こすか。これはとても興味深い。それとも分岐を間違えた種に待っているのは滅びかもしれない。どの道僕らは後には戻れない。未来がどうあれ進み続けるしかないんだ。どうせなら楽しい旅にしたいじゃないか!」
「ああ、そうだな。それじゃあまた時間を空けて意見を交換し合おうじゃないか」
「うん、じゃあまた集合しよう。またね!」
「ああ、また」
成れの果ての会話 反田 一(はんだ はじめ) @isaka_haru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます