5.口癖みたいなものだと思って

「じゃ、行こっか」


「何処へよ」


「もちろん君の家だよ!」


「えぇ...」


当たり前みたいに言わないでほしい。

とはいえ人を匿えるところなど家以外に思いつかない。どうやら彼女の言うことは妥当なようだ。


「あなたを匿っている訳だから、私も殺されたりしてもおかしくはないってことよね?」


「あははっ」

「意外と悲観的な所もあるんだね君」

「こんな得体の知れないやつを助けたりする割には」


笑う度に揺れる、複雑そうに巻かれた長髪が印象的だった。


「どうかしらね。」


「大丈夫大丈夫。何かあったら守ってあげるって。」


「不安だわ...」

「あなた本当に追われてるのよね?」


そんなやりとりをしつつも帰路に就く。もう少しで夜が明けそうだ。普段ならそろそろ寝る時間だが、さすがに今日はそうもいかなくなってしまった。こうやって誰かと肩を並べて歩くのはいつ以来だろうか。数か月の間、半ば引き籠りのような生活を送っていた割には、まだ人並みのコミュニケーションを取れている気がして少し安心した。


「そろそろあなたの事、教えてほしいんだけど」


「そうだねー」

「何から話そうかな」

「私、鞍部十華(くらべ とうか)。」

「君は?」


「...天倉(あまくら)。」


「天倉...?」


私が続きを言わないために何かを察したのか、

顔を覗き込んでくる。

昔から、人の目を見ながら自己紹介をするのが苦手だった。なんか恥ずかしいから。


「言った方がいい...?下の名前も」


「えぇ!?」

「そりゃあ言った方がいいと思うけど...」

「いやどうなんだろう、分からなくなってきた」

「そんなこと言われたの初めてだよ...」


意外にこういうことで困ったりはするのか。

益々あなたの事がよくわからなくなったわ鞍部さん。


「...あきら。」


「あきらちゃんね!」

「よろしく、あきらちゃん。」

「長い付き合いになりそうだねぇ」


「どうかしらね...」


口ではそう言いつつも少し嬉しいのが本音ではある。しかしそう簡単に素直になれるものでもない。困ったらとりあえず、『どうかしらね』でその瞬間をやり過ごそうとするのが自分の悪いところであるのは分かっているつもりだ。


「嫌いなの?名前。」


「女の子っぽくないでしょ」


「かっこよくていいと思うけどなぁ私は」


「どうかしらね...。」


「そればっかりだなぁ あきらちゃんは」


「ごめんなさい。口癖みたいなものだと思っておいてくれたら嬉しいわ。」


「ふーん...あきらちゃんかぁー」

「あきらちゃん、あきらちゃん」


「ちょっと」

「恥ずかしいから何回も呼ばないで」


「ごめんごめん」

「もう誰にも会えないかもって思ってたからさー」

「ちょっと希望が見えてきたかも」


「何があったか知らないけど」

「まだ名前しか教えてもらってないから。」


しばらくの間二人共無言で歩き続け、

ようやくマンションのエントランスへ辿り着き、

オートロックを解除しようとした時だった。


「あきらちゃんはさぁ」

「私が人間じゃないって言っても」

「助けてくれる?」


想定外の発言に、オートロックの番号が一瞬、頭から飛びかける。逃げ出そうとする数字を、脳も通さず無理矢理操作盤のテンキーに叩き込み、平静を装いながら彼女へ向き直る。

さすがにこのときばかりは、『どうかしらね』とは言えなかった。





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