3.全部教えてもらうからね


さて、外に出てきたはいいが。

遊び以外で誰かを追いかけた経験など無いに等しい。走るのも久しぶりだ。

とりあえず彼女らが消えていった方向を目指すしかない。今更ながら事件に関わるようなことだったらどうしようなどと考え始めている。

その時になって、それもまた一興なんて言えるだろうか。そんな思いを巡らせつつも走っていると、鋭く光ったのが見えた。あれは学校の方だ。もうこれに賭けるしかなさそうだな。


遂に夜の学校へ侵入する時が来たようだ。

しかしそのためには長々と続くこの坂を上らなければならない。

これは私の登校のハードルを上げている要因の一つでもあった。まぁ今日ばかりは許してやろう。しかし生徒たちはよく毎朝こんな坂を上っていられるものだとつくづく思う。


息を切らしながらも坂を駆け上がり、正門前へとたどり着く。


「誰もいない・・・」


しかし門は開いているようだ。


「入るか・・・」


数か月ぶりの登校が夜中の不法侵入になるとは、思いもよらないこともあるものだ。

まだ敷地内にいる、気がする。私としては事の顛末を見届けさえできればそれでよいのだが、そう上手くはいかないだろう。追われている方にも、追っている方にも出来れば見つかりたくはない。


「・・・旧校舎か」


そういえばこんな物もあったな。

今では使われていない、いかにも立ち入り禁止っぽい ―――――


「そこで止まって。」


ここまで早く見つかるとは誰に予想できただろう。終わったか...。


「あれ?君、追ってきたやつじゃないね?」


追ってきたやつじゃないというと噓になるが。


「やっぱりあなた、追われてるのね。」


「そうなんだよねー。」

「訳あってここに逃げてきたんだけどさ。」

「君は学校に何しに来たの?」


「えっ」


追われている割にはどこか余裕そうだ。

何故か会話も向こうのペースに飲まれている気がする。今まで見てきた人間の数などたかが知れているが、多分こういうのが掴みどころのないタイプとか呼ばれているのだろうと思う。追われている理由を聞きたいのだが、先に質問されてしまっては仕方がないか。私はここに至るまでの経緯を話した。


「なるほどなるほど」

「君もなかなか変なやつだねー」

「まぁ、私を捕まえに来たんじゃないならいいや。」


「私も聞きたいことがいくつかあるんだけど」


「うんうん。気になるよねー」

「でも今君に話せることはあんまりないんだよ」

「こんな時間に家を飛び出してきたところ申し訳ないんだけどさー」


まぁそうなるか。しかしこちらも手ぶらで帰るわけにはいかないのだ。


「うーん、じゃあこういうのは?」

「匿ってよ、私を。」


「えぇ、それぐらいなら――――」

「は?」


「ほんとに?いやぁ悪いねぇ」

「じゃあお言葉に甘えちゃおっかなー」


おいおい待て。早くも良くない方向に巻き込まれてる。なぜ逃げているのかも分からないような人を匿えるわけがないだろう。


「せめて何で逃げてるのかぐらい教えて欲しいんだけど」


「逃げてる理由ねぇー」

「まぁ、罪を犯したとかじゃないんだよ、多分」

「だけど私、捕まったら殺されちゃうんだよね」

「信じろっていうのも難しい話だけどさー」

「その辺は君に任せるよ」


あまりの事に言葉が出てこなかった。

突拍子もない話のように聞こえるが、どこかあどけなさの残る、この澄んだ瞳を見ているととても嘘を言っているとは思えない気がしてきた。


私の選択次第では彼女を救えるかもしれないというのか?どう考えても自分には荷が重すぎるだろう。だがこれを断ったところで何か得るものがあるのか?何のためにここに来た?何か、きっかけが欲しかったんだろう?


心の声に従え、と、鏡の中の男が言った気がした。


「いいわ。匿ってあげる。」

「その代わりあなたのこと、全部教えてもらうからね」


「ははっ。さすがに全部は無理かもねー」



これが私が二学期に出会う何人かのうちの、一人目。

一生忘れられない出会いになる、一人目。




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