1.プロローグ的な

夏休みが始まって、昼と夜を入れ替えることはこの私にとって造作もなかった。


昼夜の逆転はいとも簡単に成されるが、元に戻すことは殊更に難しい。

落ちるのは一瞬、壊すのは簡単、そんな感じである。

まだ数ヶ月しか経っていないが、もう何年もこんな生活を続けている気がしてくる。


鏡の中の男は、そろそろ学校に行けとうるさい。


まだ夏休みは終わっていない。私が登校したときが、夏休みの終わりなのだと

何度も言っているのだが。


ひとしきりその日のやりたいことを終えると、

外の空気を吸いに出るのが日課だった。


特別な景色が見える訳でもなく、ただ住宅街が続いているだけだが

小高い土地に建っている家のため街がよく見渡せる。


朝にしては早く、夜にしては遅い。そんな時間だったので、

人が歩いているのも見たことがない。


ただその日はいつもと違った。


部屋に戻ろうとした時、足音が聞こえた。

川を挟んで向かい側の通りを誰かが走っていた。

目を凝らすと、制服を着た少女のように見える。

あの制服... どこかで見たことがある。私の部屋にあるのと似ている。


こんな時間にどうしたのだろうか。何処かへ急いでいるのか。

誰かに追われているように見える。訳ありなのは間違いなさそうだ。

厄介ごとにでも巻き込まれているのだろうか。それとも厄介ごとを起こした当人か。

こういう時、もし自分が彼女だったら、と考えてしまう事があると思う。

面倒ごとは好きではない。願わくばこの平穏が続いていてほしいとは思うが。




「ふふっ... あははっ。」




その時、どういう気持ちだったかはよく覚えていない。

何も考えていなかったのかも。それとも何かを期待していたのか。

私は、垂れ流していたブレードランナーを一時停止することも忘れ、

駆け出していた。


決め手になるものが欲しかったんだろうか。

何かする前に、毎度理由を探そうとしてしまうのは何故だろうか。

例えば学校に行く事に、大層な理由など不要のはずでは。

長い休みがあると余計なことを考えてしまう時間も増える。


充足理由律。この夏に知った言葉だ。

この世界にあるもの、出来事には、全てそうである理由が必要、的な意味らしい。

そんな事を知ってしまったが最後、そう簡単に夏休みを終えられるものか。

私は、これから先起こるであろう全ての理由を知ることが出来るのだろうか。



まぁ、つまり初めからこんな奴に夏休みなど与えるべきではないのだ。



今から走って追いつけるだろうか。せめて何が起こっているのかだけでも知りたい。


そして、出来れば、「そう」である理由を私に教えてほしい。




廊下に置いた姿見の前を通った時、鏡の中の男は少し嬉しそうにしていた気がする。




このプロローグは、長めの夏休みを終わらせ

私が二学期を始めるまでのお話。

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