39. ある貴婦人の悲劇

 子がいなかったチャールズの後を引き継ぎ、イーモンが領主となった際。

 領内のほとんどの者が、優秀な騎士であるイーモンの采配さいはいに期待した。亡きチャールズのように、名君として領地を導いていくはずだ、と……

 ……が、そんな無邪気な予想に反し、領地は荒れた。

 正式に「婚約者」となったレイラの元に入りびたり、内政も外交もおろそかにすることが増えたのだ。


 まだ喪に服しているレイラの元に足しげく通うイーモンを見て、多くの者が眉をひそめた。

 イーモンの友人である騎士、エドマンドもその一人だった。


「イーモン。お前は既に領主となった身だ。少しは、振る舞いを考えるべきだろう」


 エドマンドの忠告に、ちまたの噂などどこ吹く風だったイーモンも、さすがに話し合う素振りを見せた。

 

 友人の多いイーモンだったが、特に仲が良かったのが美貌びぼうの騎士エドマンドだった。名の由来が同じこともあり、二人はよくついとして扱われていた。

 エドマンドは端正な顔立ちだが仏頂面ぶっちょうづら寡黙かもくなため、そばかす面だが明るいイーモンと頻繁ひんぱんに対比され、「朝の騎士イーモン」「夜の騎士エドマンド」などと揶揄やゆされたほどだ。

 それでも、彼らは二人ともが聡明そうめいにして勇敢ゆうかんな騎士。前領主が存命の頃は、揃って領地の双肩そうけんをなす存在だった。……前領主であるチャールズが急逝きゅうせいした時点で、もはや、過去の栄光に過ぎないのだとしても。


「相変わらず、エドマンドは堅いな」


 やれやれと肩をすくめ、イーモンは悪びれもせずに言い放つ。

 その瞳は、どこか、熱に浮かされているようでもあった。


「君は、燃えるような恋を知らないんだ」

「それがどうした。責務を放棄する理由にはならない」

「……君には分からないさ。誰もが寝静まった夜のふちで、ただ一人鍛錬を続けられる『夜の騎士』にはね」

「言っている意味が分からん。私は友として、お前をいさめばならないのだ。……そうでなければ、亡き主君に申し訳が立たない」

「エドマンド、君は友である以前に、部下だ。……口の利き方には気を付けろよ。、おれが君の主君だ」

「……!」


 善き友だったはずのエドマンドでさえ言葉を失うほど、イーモンはかつての人徳を失いつつあった。


 ……そして、悲劇は起こってしまう。


 発端は、レイラの一言だった。

 嬉々として自らの元に通うイーモンを見て、レイラの胸に浮かんだ疑念。

 それが悲劇の幕開けになると知らぬまま、レイラは、純粋な疑問を


「悲しくはないのですか」


 当然の疑問だった。チャールズの死からは、まだ日が浅い。チャールズは領主でありレイラの夫であったが、何より、イーモンの兄なのだ。

 ……が、イーモンの反応は、レイラの想像を遥かに超えたものだった。


「きみは、嬉しくないのか。おれと、名実ともに婚約者となれたのが……後ろめたく感じる必要のない……正式な伴侶はんりょとなれるのが、嬉しくないのか?」


 青ざめ、自らを詰問きつもんする様子に、レイラは目の前の男がイーモンであることすら疑うほどだった。


「そ……それとこれとは、話が違います」

「何が違うんだ? 兄さんが死んだおかげで、ぼく達はなんの気兼ねもなく愛し合えるようになった。本来は道ならぬ恋だという気まずさも、おこぼれをもらっているも、何もなくなったんだ」

「……お零れ? あなたは、そんなふうに感じていたのですか……?」


 あふれ出す本音。ふくれ上がる疑念。

 亀裂きれつは、とうの昔に生まれていた。


 ただ、誰にも見えていなかっただけ──

 

「まさか、あなたが……」


 そして、レイラは、最後の一歩を踏み出してしまった。


「あなたが、あの方を殺めたのですか?」


 燃え盛るような愛は、時に、身を焦がすほどの憎悪へと変わる。

 イーモンが我に返った時。

 足元には、血まみれのレイラが倒れ伏していた。


 元騎士の力で散々に殴られた顔は、もはや、元の形を留めていなかった。


 イーモンは真っ白に塗り潰された思考のまま、レイラを運び、井戸に投げ捨てた。

 「誤って落ちた」事故に見せかけ、真実ごと葬るために……

 

 かつて、チャールズを「そうした」ように。

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