38.「死を数える貴婦人」

 ゴードンを連れて、蜘蛛の巣の張った廊下を歩む。

 向かう先は決めていた。

 ゴードンが名実ともにわたしの協力者になった今、次に手を組むべき相手──


 エドマンドは話が通じないから後回し。

 アルバートは正直まだ関わりたくない。

 ……と、なると、選択肢は自ずと限られてくる。


 レイラだ。

 

 レイラ・ロックこと「死を数える貴婦人」は、不吉を示す怪異として恐れられている。

 時には貴族、時には政治家、あらゆる為政者いせいしゃが「その姿」を目撃し、破滅していったともされる。


 顔を隠し、喪に服した姿の女。

 彼女が声に出すのは数字のみ。


 彼女がなぜ「怪異」と化したのか。

 ファンブックに掲載された(ニコラスが書いた)設定には、こう記されている──

 


 

 ***


  


 レイラは、良家の令嬢として産まれた。

 政略によりさる地方の領主に嫁ぎ、愛を知らぬまま、貞淑ていしゅくな理想の貴婦人として穏やかに生きていた。


「レイラ、私は君を愛せない」


 ある日、領主は沈痛な面持ちでこう言った。

 領主チャールズは正直で、なおかつ寛大な男だった。


「世継ぎのことはしばらく気にしなくていい。もし、好きな相手がいるのなら……どうか、その気持ちを大切にしてくれ。不貞に当たる行為でも、目をつぶろう」


 領主の言葉の通り、やがてレイラは恋を知った。……いいや、

 相手は領主の弟であり、騎士として仕えていた男。

 名は、イーモンと言った。


 爽やかな笑みの、太陽のように明るい青年だった。

 そばかす面で、器量良しとまではいかなかったが、冗談好きな茶目っ気のある性格で周りに慕われていた。 


「レイラ!」


 例えば、遠くから大きく手を振る姿に。


「……おれは、君が好きだ」


 真っ直ぐに、想いを伝えてくる眼差しに。


「政略のための婚姻こんいんは、さぞかし辛いだろう。兄さんのぶんまで、おれが支える。……約束するよ」


 手を握って紡がれる、甘い愛の囁きに。

 レイラは、少しずつ、それでも誤魔化しが効かないほど、彼に惹かれていった。


 領主チャールズは、約束通り、レイラとイーモンの恋を黙認した。

 数年が経つ頃には、城内の誰もが、暗黙の了解としてふたりの関係を受け入れるようになっていた。


 そんなある日。

 領主チャールズが、突然の事故で命を落とした。


 領地内は騒然そうぜんとなり、多くの部下が、領民が、同盟国の者までもが嘆き悲しんだ。

 レイラも、その中の一人だった。

 男女の関係に至らなかったとはいえ、領主チャールズはレイラにとって恩人であり、尊敬できる夫だったのだ。


「……レイラ」


 イーモンの慰めは、甘美な響きをしていた。


「おれが、すべて引き継ぐよ。領主の座も、きみの夫の立場も……」


 震える未亡人レイラの肩を抱き締め、イーモンは優しく囁き……やがて、彼女は、初めて知る温もりに身をゆだねた。


 既に、地獄が始まっていたとは気付かずに。

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