25. 語られざる一幕

 不義の子チェルシーの存在は、外部には隠されていた。

 誰にも見つからないよう、こっそり窓の外を見つめることだけが、少女が外界と繋がる唯一の手段だった。


 外の世界は、少女にはとても広く見えた。

 窓枠に切り取られた、限られた世界でも、少女にとっては遠い憧れの場所だった。


 そんなある日。

 多くの人達が行き交い、通り過ぎる中。たった一人、窓の方を見つめる少年がいた。

 青い視線と、緑の視線が重なる。一瞬の間、二人は、時間を忘れて見つめ合った。

 やがて、荷馬車を引く男の誰かに声をかけられたのか、少年は慌てて少女の視界から姿を消した。


 彼の正体はすぐに分かった。


「ブロッサム様! この度はご贔屓ひいきにしていただき、誠にありがとうございます」

「おお、ヒルズ商会さん! よくぞ参られましたな。待っておりましたぞ!」


 父は、普段少女に向ける声色とは打って変わり、別人のように機嫌良く彼らを招き入れた。


「あなた方が見繕みつくろう品はどれも質がいい。家内もいつも、頼りにしておりますぞ」

「ええ……このドレスなんて、特に気に入っておりますの」


 冷えきった関係が嘘のように、両親は仮面を被って客人を出迎える。

 荷馬車から荷物を下ろし、エントランスに並べる男手の中に、例の少年もいた。


 少女はいつものように隠れて、様子を伺っていた。

 ……いつもと違うことが起こったからだろうか。

 彼女が、いつもなら絶対にするはずのない行動を取ったのは。


「……ん?」


 少年の足元に、丸められた紙くずが転がる。

 扉の隙間から顔を出す少女わたしと、少年の瞳が合う。

 少年は慌てて紙くずを開き、さぁっと青ざめた。


「たすけて」……と、は、そこに書いていた。



 結論を言うと、少年は何もできなかった。

 ドアを開こうとした途端、彼の父親を含む周りの大人に、一斉に止められたから。


 わたしが思うに、少年ゴードンが「盗賊」になったのには、この経験も大きかったのだろう。

 彼は「盗賊」と呼ばれてはいるけれど、もっと後の時代であれば「革命家」と呼ばれたのかもしれないし、「テロリスト」と呼ばれたのかもしれない。


 ニコラスはきっと、企画書に細かい背景までは書かなかった。……もしくは、知らなかったのだろう。


 ゴードンが平然と人を殺したのは、彼にとってそれが「正義」だったから。

 腐敗した悪徳商人を父に持ち、貴族の家を回るうち、彼は多くの醜いものを見た。だから、彼は家を出奔しゅっぽんし、貴族を倒して回る盗賊になった。


「この世界は、強いヤツが正義なんスよ、お嬢」


 ゴードンはかつて、わたしにこう語った。


「より強くて、より多く奪った方が『正しい』はずッス。……弱っちい貴族ブタ共が偉そうにしてる、こんな世界の方が間違ってんだよ……」


 わたしを助けた頃のゴードンは、自分が世界で一番強く、世界で一番正しいと信じていたはずだ。


 ……壊れたチェルシーわたしという、「無力感」を知るまでは。

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