13.「レディ・ナイトメア」

「まあ……そこまで言うなら、今日のところは引き下がっておこうか」


 アルバートは穏やかな笑みを浮かべ、あくまで紳士然とした態度で語る。

「今日のところは」……ってことは、また口説きに来るつもりなの、こいつ……


「でも……本当は、君だって理解しているはずだよ」


 あおい瞳がすっと細められる。

 底知れない渇望かつぼうを宿した、くらい瞳。

 ……ああ。その色合いには、嫌というほど見覚えがある。


「君と、僕は同類だ」


 彼は被害者を拉致らちして殺害した後、「食べ残し」をわざと目に付く場所にさらし、挑発的な文言を現場に残した。

 必ず特定の箇所が欠損した死体と、現場に残された奇妙な文章は、連日世間を騒がせることとなる。

 最期は警官に取り囲まれ、壮絶そうぜつな焼身自殺を遂げた稀代きだいの殺人鬼、アルバート・ジャック。


 手口は違う。求めたものも違う。性別も、享年も、生きた時代も、何もかもが違う。


 ……けれど。


 たった一つだけ、彼とチェルシーわたしには共通項がある。

 アルバートは、娼婦であった生母および娼館の支配人から、苛烈かれつな虐待を受けていた。




 ***




「レディ・ナイトメア」の私室の前に立つ。

 一歩足を踏み入れれば、壮観そうかんな「コレクション」がすぐに目に入るはずだ。

 ……ゴードンは、そろそろ手入れを終えた頃かな。


 中には入らず、きびすを返した。

 目を背けていた影が、わたしの頭の中でわらう。


 ──愚かなこと


 ……今はまだ、向き合う時じゃない。


 ──逃げられませんわよ


 頭の中で、嘲笑が響く。


 ──悪夢ナイトメアからは、逃げられませんわ

 わたくしも、貴女も──


「ヒヒッ。どうしたどうした? 入ればいいじゃないか」


 背後からの声に、ハッと振り返る。

 半透明の男が、ゆらゆらとたたずんでいた。


「怖い? それとも、?」

「……何の、ことですの」


「灰色の音楽家」は、グレーの目を細め、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「ヒヒヒッ……キミは、『レディ・ナイトメア』だ。それ以外の何者でもないのさ」


 彼が手をかざすと、どこからともなく宙に浮いたバイオリンが現れる。

 そのまま使、「灰色の音楽家」は不気味な旋律を奏で始めた。


過去むかしも、未来これからも。……現在いまもねぇ」

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