10. 血に濡れた愛

 これは、チェルシーわたしがまだ、「レディ・ナイトメア」と呼ばれる以前のお話。


 虐げられていた少女チェルシーにとって、突如現れた盗賊ゴードンは、白馬の王子様のように魅力的だった。

 例えそれが、返り血まみれのならず者だとしても。


 盗賊ゴードンがなぜ少女チェルシーに惹かれたのか。はっきりとは分からない。

 ただ、彼が彼女の望むままに首を盗り、捧げ続けたのは確かなことだった。


 ……二人のいびつな日常は、長くは続かなかった。

 一、二年ほどが経った頃。ゴードンはチェルシーの手によって首を取られ、その数時間後、チェルシーも失血によって死に至った。愛するゴードンの首を、最期まで愛でながら……


 惨劇のきっかけになったのは、ゴードンの一言だった。


「俺、出てくよ」


 彼はチェルシーを愛していた。

 ……愛していたからこそ、狂った彼女に耐えきれなかったのだろう。


「お嬢。……そろそろ、普通に生きようぜ」


 チェルシーにとってそれは、呪いの言葉であり、深い断絶だんぜつを突きつけられるのに等しかった。

 普通に生きられるのであれば、それが許されていたのなら、彼女は生首を玩具おもちゃにする異常者になどならなかった。


「普通」の生き方が選択できたのなら、彼女は「レディ・ナイトメア」になどならなかったのだ。


 ゴードンの首に継ぎ目があるのは、チェルシーに首を取られたから。

 チェルシーの口が裂けたのは、ゴードンが抵抗したから。

 ゴードンの腕っ節であれば、容易に返り討ちにできただろう。……けれど、彼はチェルシーの手で命を奪われ、首を取られた。

 理由は単純だ。

 ゴードンは、殺せないほどチェルシーを愛していた。

 チェルシーは、殺したいほどゴードンを愛していた──


「これは血の味? いいえ、愛の味ですわ……」


 裂けた口で、チェルシーはゴードンに愛を囁いた。

 青ざめた唇に口付け、泣きながら、何度も、何度も……





 ……ファンブックにも書かれた、二人の過去エピソード。前世の記憶がなかった頃、この身をもって経験した鮮烈せんれつ凄絶せいぜつな愛の物語。

 知っている。「ホーンテッド・ナイトメア」は乙女ゲームではなくて、あくまで「乙女ゲームに見せかけたホラーゲーム」だ。


 だけど!!! だけどさぁ!!!!

 夢女子わたしの立場よ……!!!!!


 推しが恐れおののき、逃げたいとすら思いながらも手放せなかったチェルシーへの愛。羨ましいと思ったのは事実だし、チェルシーになりたいと寝言をほざいたのはわたしだ。それも、そうなんだけど、そうなんだけどさぁ!??!


 葛藤が表情に出ないよう、どうにか気合いを入れる。

 レイラがじっと見つめているのが不穏だけど、気付かれませんように……。


 ……うう……。

 確かにチェルシーになりたいとは言ったけど……でも……違うんだよ……!! 中身が「わたし」のチェルシーは、じゃないじゃん……! うわーん!!!

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