第5話 最悪の訪問者

ある日の夕方、私以外誰もいないはずの家に日影さんが訪れていた。母も父も防犯意識は決して低くなく、鍵のかけ忘れなどはない。つまり、日影さんは何らかの形で鍵を開けたことになる。

私は、居留守は意味がないことを察して返事をした。


 「どうしたんですか。日影さん。」


 「いやー最近、未来の旦那様が遊び誘っても断るし寂しいなって。」


 「すみません。あと少しで大学受験も控えているので勉強しないといけなくって。」


 「1日くらいいいじゃん。息抜きは大事だよ。さぁ遊びに行こう。」


日影さんは部屋の扉のドアノブをガチャガチャと取れる勢いで動かし、金属でできた何かを扉にあてていた。恐らくバールかハンマーだろう。


 「出てきておくれよ。遊びに行こう。俺大人だから色んな遊びを知ってるし楽しませられるよ。だから、遊びに行こうよ。」


日影さんの狂気的な言動に怖くて声が出ず、その場で腰を抜かし動けなかった。


 「助けて・・輝。」


無意識に小声でこぼれた。


 「はぁ、ここまで言っても出てきてくれないんだね。じゃあ、しょうがないよね。俺から会いに行くね。」


もうだめかと思った時、日影さんの携帯の着信音が鳴った。


 「なんだ今忙しいんだよ。・・あ?もういいわかった。今から向かう。」


 「ごめんね、急な仕事が入っちゃった。また来るね、天乃ちゃん。」


 

玄関の扉が閉まる音がし、安心したら少し過呼吸のような状態になった。もし、扉を開けられたらと考えると震えが止まらなかった。


 「大丈夫もう少し。もう少し。」


部屋の中、一人静かにそう言い聞かせ気持ちを落ち着かせた。その日から家に1人にならないように心掛けた。母が買い物に行く際は必ずついていき、夜以外はリビングで勉強するようにした。

それ以降、私の部屋に来ることはなくなった。何度も遊びに誘われたが勉強を理由に断り続けた。正直、私を遊びに誘う時の日影さんの目は嫌いだ。隠す気がないのかと思える程に下心が丸見えで言葉の一つ一つにも表れている。はっきり言ってしまえば気持ちが悪い。なぜお父さんはこの人と結婚を許したのか分からない。


それから数か月、大学受験も無事に合格し喜んでいたのも束の間、再び日影さんが遊園地のチケットを持ってやってきた。


 「やぁ天乃ちゃん。大学合格したんだってね。おめでとう。これで心置きなく遊べるね。」


日影さんはそう言って遊園地のチケットを私の前に差し出した。


 「ごめんなさい。合格できたとは言え、入るのはトップレベルの大学なのでこのまま勉強は続けようかと。お父さんに1校だけなら記念受験してもいいと言われているので。」


本当は記念受験もする気はないのだが、誘いを受けると大変なことになることが目に見えていたのでやんわりと断った。すると、いつもにこにこしていた日影さんの顔が急に真顔になり近づいた。


 「なんでいつも断るのかな。未来の旦那様とのコミュニケーションも大事でしょ。ねぇそう思うよね。」


あまりの圧に折れそうになったが、ここで折れてしまうと今までの努力が水の泡になってしまうためぐっとこらえ一度深呼吸をした。


 「すみません。勉強しないといけないのは本当なんです。他意はありません。それに大学側から出された入学前課題もありますのでごめんなさい。」


諦めてくれと、心の中で念じながら私は頭を下げた。


 「ふん、まぁいい。もうすぐで結婚できるのだからね。素敵な結婚式を挙げようね。」


日影さんはそのまま帰っていった。物の数分で寿命が短くなった気がした。


 「少しは遊んでもいいんじゃないの?」


台所で料理していた母がそう聞いてきた。


 「そうはいかないよ。合格できたといってもギリギリだし、入学前課題の結構あるから遊んでいる暇はないよ。入ったのに留年しましたなんてなりたくないし。」


 「まぁまぁそんなこと言わずに一日だけでもいいんじゃない。」


 「本当にそんな暇がないの。・・・部屋の戻る。」


 「何をピリピリしてるのかしら。」


真っ暗な部屋に戻り、輝の部屋に近い窓の近くに座り込んだ。


 「もうちょっとで卒業だね輝。意外と早かったよね。クラスのみんなもやさしくて学校行くのが毎日楽しかったよ。輝信じてるよ。私も頑張るから。」


自分で行って少し恥ずかしくなった。すると、輝の部屋から聞こえるか聞こえないかくらいの声で


 「任せろ。」


と聞こえた。1年近くぶりに輝と会話をして嬉しさがこみ上げてきた。


そして迎えた卒業式の日。この日で私の運命が決まる日。

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