魔法教会との軋轢

「その……訳とは?」

「嫌がらせです」

「嫌がらせ?」


 リチアの口から出た意外な理由にオスカーは目を丸くする。そんな単純な、子供じみている理由だとは思っていなかったからだ。


「魔法教会にも色々と派閥があってね。中央に近いやつらは大人しいんだが、下っ端の……特に聖地から離れた辺境に居るような奴らは排他的な過激派が多いんだ」

「ああ」


 過激派。その言葉を聞いて納得がいった。イオニアにも度々魔法教会の使者が来て、「教会を建てさせろ」「魔法を受け入れろ」と騒いでいた。

 勿論門前払いをしたし、武装した騎士団に手を出せないだったので全く影響は無かったが。


(俺も何度か警備に駆り出されたことがあったな。忘れていた)


 ともかく端に行けば行くほど上の目が届かなくなり、魔法教会の名を盾に好き勝手に暴れる暴徒が多くなるらしい。


「あたしらが使う医療魔法は薬草を売って暮らしていた先祖が旅の中で編み出した物だろう。その由緒が気に食わないらしい」

「魔法教会の教義では魔法とは始まりの聖女がもたらした物ですからね」

「過激派の連中はあたしたちを『異端』と呼んで嫌がらせをしてくるのさ。だから医療魔法師は魔法教会の影響力がある東方地域には行かないことにしたんだ。面倒だからね」

「そうだったのか」


 聖女交代の件で魔法教会内部はごたついている。しばらくの間は今まで以上に上層部の目が地方まで届かなくなるだろう。星療教会が活動地域を広げるのは難しそうだ。


「まぁ、魔法教会のやり口と似ているのは気に食わないが食い扶持の足しにはなりそうだからね。指輪の件、紹介して貰えるかい」

「分かりました。アルバルテに戻ったらギルドに寄って話をしてみます」

「ありがとうございます」

「隕石の加工を見せて頂いたお礼ですのでお気になさらず」


 サンプルとして使うために隕石の端材を少し分けて貰い、リーシャとオスカーは加工場を後にした。


「隕石にも色々と使い道があるんだな」

「魔道具に使えないだけで、隕石自体は希少ですから。私もじっくりと見たことが無かったので良い経験になりました」

「やはり隕石の修復依頼は少ないのか?」

「少ないというか皆無ですね。宝飾品として加工されることも少ないですし、蒐集家の方も原石そのものの見た目を楽しむ方が多いですから」

「そうなのか」

「それこそ一つ一つ色も形も違いますし、蒐集物としての資質は高いんです。一口に『隕石』と言っても種類が何種類かあって、それぞれ組成が違うようですし……何より天から降って来る偶然の産物という所に惹かれる人がいるみたいで」

「それはなんとなく分かる気がするぞ。未知の場所からやってくる天体の欠片と聞けば心惹かれる物がある」


 実用的だとかそういう話ではなく、浪漫がある。だからこそ実益のない趣味として鑑賞を楽しむ物好きがいるらしい。


「正直、鉱物標本は資産になりますからね。蒐集趣味を辞めても無駄にはなりません。特に古い時代に採られた大きい標本なんかは値段が上がる一方ですから」

「そういう見方もあるのか」

「だからこそ祖母の蒐集物は盗まれた訳で」

「……そうだったな」

「まぁ、祖母の場合は完全に趣味ですが」


 趣味だからこそ、祖母の蒐集物の鉱物は古くて立派な物が多かった。資源の枯渇と鉱山の閉鎖が囁かれるようになってから急いで鉱物をかき集め始めた新参者とは違い、まだ市場に多く鉱物が流通していた時代からコツコツと蒐集をしていたからだ。


「完全な趣味だからこそ、お金に糸目を付けずに誰もが羨むような質の高い宝石から普通の人は見向きもしないような珍品まで集めることが出来たんです。まさか祖母も亡くなった後にこんなに価格が高騰するとは思っていなかったでしょうね」

「そこに目を付けられたわけか」

「……あの人叔父は元々宝石や鉱物に興味が無い人でしたから。価値が上がったからこそ手を出した。そのまま持っていれば数十年後により高い値段で売れるでしょうが、そこまで待てるような人ではありません。盗んですぐに売り払ったんでしょうね。私が旅に出てすぐ、少し離れた街で売られているのを見つけたので」

「聞けば聞くほどろくでもない男だな」


 オスカーは呆れた様子で苦笑いをする。

 

「今頃どこでなにをしているのやら」


 叔父の消息は未だ知れず。生きていれば既に80を超えているはずだ。ヴィクトールに捜索依頼をしているとはいえ、生きた状態で見つかるとは限らない。


「もしも見つけたらどうする?」

「蒐集物の売却先を全て吐かせます。幸い良い魔道具も手に入りましたし」


 リーシャはふふと不敵な笑みを浮かべる。イオニアの事件で入手した魅了の魔道具があれば叔父から情報を引き出すなんて朝飯前だ。


「やはり恐ろしい魔道具だな、あれは……」

「物は使いようですよ、オスカー」


(リーシャを怒らせるのはやめよう)


 にこりと笑いながら拳を震わせるリーシャを見てオスカーは心の中で呟いた。

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