付加価値と曰く

「ほぉ、大したものだね。削りカスからこんな物を作るなんて」

「これ、収入源になりませんか?」

「収入源と言うと、売るってことかい?」

「はい。星導刺繍のようなコミュニティの名物として。魔道具の素体には使えませんが、空から零れ落ちた星の欠片で作った装飾品……なんてなかなかロマンチックじゃありませんか?」

「ふむ。言っちゃ悪いが隕石で出来た装飾品なんて欲しがる人間が居るのかねぇ」

「と言うと?」

「別にあんたの腕が悪いとかそういう意味じゃないよ。今だってタダ同然で売り買いされているような物に価値があるのかって話さ」


 魔法が普及して以来、宝石の価値は一変した。希少性よりも高性能の魔道具を作れるか否かで価値を付けられるようになったのだ。

 魔道具の性能を決めるのは宝石の質だ。不純物が少なく亀裂や損傷が無い石ほど魔力を上手く浸透させ、効率よく魔法を発動できるとされている。

 そういった意味では不純物や傷が無い魔工宝石は魔道具の核にぴったりだが、どういう訳か魔工宝石にはに限界があり、天然宝石には劣るらしい。


 つまり、魔法を寄せやすくて質のいい天然宝石を使用している高級な宝飾品ほど魔道具の素体として優秀であるということだ。

 故に、どんなに希少性の高い宝石であっても魔道具として加工しにくい低質な物や魔法を寄せにくい石の価値は下がり、隕石のような無価値なものはタダ同然とも言える僅かな金でやり取りされている。

 

 現代において、装飾品は身を飾るためというよりは魔道具の素体として身に着けられることが多い。ゲルタが言いたいのは、「魔法を寄せずに魔道具に仕立てられない装飾品を買う人間が居るのか」ということだった。

 

「……装飾品はではないだろう」


 オスカーの言葉にゲルタは不可解そうな顔をする。


「どういうことだい?」

「魔道具として使えなければ装飾品として意味がないのか? そんなわけはあるまい。魔法が無い時代にも装飾品はあった。現に、俺の国には魔法が無いが、妻を娶った男は指輪を嵌めるという文化がある。

 装飾品とは魔法を使うための道具ではない。魔法を使うためではなく、身を飾るためだけに身に付けても良いのではないだろうか」

「それです!」


 オスカーの話を聞いたリーシャは何かを思いついたのか大きな声を上げた。そしてリチアの指輪に手をかざすと「星の導きを与えん」と小さな声で呟いた。


「……星導刺繍?」


 リーシャが魔法をかけた指輪には先ほどまでは無かった模様が刻まれている。昨日土産物屋で見た星導刺繍に使われている模様を指輪の側面に彫ったのだ。


「古来からある装飾品や伝統工芸品はその土地の文化や歴史が反映された物が多いでしょう。星導刺繍も古い時代に女性たちが食い扶持を稼ぐための物だったと伺いました。

 その文化を語り継ぐための糧、ただの指輪ではなくコミュニティの歴史と文化をとするのはいかがでしょうか」

「星導刺繍の指輪か……」


 ゲルタが食いついたのを見てリーシャは手ごたえを感じた。あともう一押しと言ったところか。


「例えば土産物屋だけでなく、医療魔法師の方々に売り歩いて頂くとか」

「行商ってことかい?」

「行商までは行きません。医療魔法師の皆様は世界各国を渡り歩いているでしょう? そこでの旅費稼ぎに使って貰うのです」

「なるほど!」


 リチアは合点が行ったようだ。


「確かにいい案かもしれません。嵩張らないので持ち運びしやすいですし、旅費は幾らあっても困りませんから」

「原料はタダ同然なので加工費だけで済みますし、ある程度の利益は出ると思いますよ」

「でも、あたしらだけじゃ加工は出来ないよ。彫刻は出来ても修復魔法を使える人間はいないんだから」

「そこは宝石修復師の組合に依頼を出して頂ければ。簡単な指輪やペンダントならばそんなにお金もかかりませんよ。長期で定期的に依頼して頂けるならば割引も効くでしょうし、指名なしの単発依頼ならば法外な値段にはならないはずです。

 新人の練習にも向いてそうですし、練習台として許可を頂けるならばもっとお安く出来ると思います」

「ちゃっかりしてるね」

「世の中お金ですから」


 実際、宝石修復師組合にとっても悪い話ではない。修復魔法を使った基本的な指輪の成形は新人の特訓にうってつけだし、まだ指名が入らない新人にとっても貴重な収入源となる。

 もしかしたら他のコミュニティからも仕事を回してもらえるかもしれない。リーシャの頼みならば組合も突っぱねたりはしないだろう。


「これなら星療教会の宣伝も出来るんじゃないか?」

「そうですね。星導刺繍の話からコミュニティの歴史や星療協会の話も出来ますし、人員募集に少しは役立つかも」

「素晴らしいです……!」


 リチアはリーシャの手を取ると何度も何度も礼を言った。


「正直、医療魔法師になろうと思って下さる方が減っていてこの先どうすればいいのか悩んでいたんです。星療協会自体の知名度も低いし、普通の医師になった方がお給金も良いし」

「いくらリチアさんが頑張っても人が入って来なければ先細りですからね」

「そうなんです! だから少しでも知って貰えるきっかけが増えるのが有難くて……」

「コミュニティの歴史があったからこそです」

「え?」

「星導刺繍という伝統工芸がなければこの指輪だってただの指輪でしょう? 私は少し知恵を出しただけす」

「隕石と星導刺繍。どちらもコミュニティの伝統と文化に纏わる物だ。リーシャはそれを上手くまとめただけ、という訳だな」

「ええ。もしもこの指輪に魅力を感じるなら、それは私の技量ではなくコミュニティが築いてきた歴史や文化に魅せられているのです」

「伝統文化の粋って訳かい。うまいこと言うねえ」


 ゲルタは感心したようにリーシャをからかう。


「興味を持って貰うには魅力的なが必要ですから」

「曰く、か」

「星に纏わる物語と星の欠片を使った装身具。なかなか相性が良いと思いますよ。そういう神秘的なお話、みんな好きでしょう?」

「どこかの教団みたいで感心しないけどね」

「どこかの……って魔法教会ですか?」


 神秘的な話を餌にして人を釣る教団。それでぱっと思いつくのは聖女信仰を掲げる魔法教会だ。


「魔法教会の信者だったら申し訳ないが、うちとあそこは仲が悪からね」

「生憎特定の宗教を信仰するような信心深い人間ではないのでご安心ください」

「仲が悪いとは、一体何があったんだ?」

「オスカーさんはここよりも東側の国のお生まれでしたよね?」

「ああ」

「船の上で星療協会について聞いたことが無いと仰っていたでしょう。あれには訳があるんです」


 リチアの言葉にオスカーは首を傾げる。確かにそんな会話をしたような……。


『彼はここよりもずっと東の国の出身なので星療協会には馴染みがないのでしょう』


 星療協会を知らないオスカーにリーシャが言った言葉を思い出した。あの言葉をそのまま受け取るならば、東方の地域では星療協会が活動出来ない理由があるということだ。

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